« “わたし”という軸 | トップページ | “大丈夫”で在る存在 »

個が活きるグループワーク

肌寒く感じた小雨の日、お花屋さんの前を通るとパッと目に飛び込んで来た黄色いひまわりの花。どんよりとした空の色とは裏腹に、鮮やかな初夏の色が突然私の中に飛び込んで来た体験でした。

 

 

先日、ある小学校の高学年向けの体験プログラムを手伝いに行って来ました。そこで目の当たりにした子どもたちの様子がとても心配になってしまいました。

それは、無表情、「しらない」「わかんない」「どっちでもいい」と無気力、周りの子から離れてわざと孤立する・・という姿でした。

体験プログラムの終わりに感想や振り返りを記入するという課題が出されると、すぐに取りかかり、あっという間に書き終えてしまう子がほとんどでした。それは、いつも書かされていて慣れている…といった様子でした。そこに書かれた内容は頭で考えたような“お利口さん”な文章ばかり。

でも数人は、説明をされても書くことが出来ない子もいました。その数人の書けない子は、体験プログラム中は生き生きとして取り組み、中にはリーダー的な存在の子もいました。

私が懸念を持ったのは、一人ひとりが違う感情や考えがあるはずなのに、何か“答え”があるかのように、みんなが一つの同じ行動をさせる・同じ事を考えさせる・・という教育で、子どもたちがまるでアンドロイドの様だったことです。

このような教育では、“個性”は“出る杭”として、打たれてしまうでしょう。

 

 

小学生のうちの一人とこんなやりとりをしました。

その子は、お弁当の時間が終わりみんなが移動し始めているとき、カバンの中をガサゴソ探りながら、私がゴミをまとめようとしていたゴミ箱の方へ歩いて来ました。

私「ゴミまだあるのかな?」

子ども「あ、はい。残したおにぎりが…」

・・と言いながら、ガサゴソガサゴソとお弁当が包んであったビニール袋からおにぎりを出そうとしていました。

その時、おにぎりを包んでいたラップが入ったビニール袋が下に落ちました。その子は、まだカバンの中をガサゴソしていたので、それを私が拾いあげながら

私「これ、捨てる?」

子ども「あ、どっちでもいいです・・」

私「これ、ゴミじゃないの?」

子ども「あ、はい」

私「お弁当ゴミが残ってたら臭くなっちゃうよ」

子ども「あ、はい」

 

初対面の私とのやりとりで、緊張していたのかもしれません。

もしかしたら、ちょっとコミュニケーションが苦手な子だったかもしれません。

でも、「どっちでもいい」という言葉が出て来たことに、私はちょっと驚きました。

ゴミは捨てるか捨てないかの2つの選択です。

中には、臭くなろうがどうであろうが、かわいいキャラクター柄のジップロックは持って帰りたいと言う子もいます。

まだ使えそうなお弁当箱ごと躊躇なく捨てる子もいます。

もちろん「どっちでもいい」という選択もあるかもしれません。

でも、その子の言葉は「どっちでもいい」という選択をしているようには聴こえず、自分で考える事を放棄しているように感じたのです。

 

 

本来、教育で大切なことは、自分は何を感じ、何を考え、どんな体験を今しているのか?を認識することです。

“みんなと同じように”と意識すればする程、“個”の意識が消えてしまいます。

『私は今、何を感じているのか?』

『私は今、どんな考えを持っているのか?』

『私は今、どうしたいのか?』

学校という集団では、このような“個”が尊重される場面が少なく、“みんなと同じようにできること”が第一に優先されるのでしょう。

 

“小一プロブレム”と呼ばれる、小学校に入ってからイスに座っていられない・・などの子どもが問題視される現実があります。

でも、本当にそれは“プロブレム(問題)”なのでしょうか。

大人がコントロールしやすい子どもの方が問題だと感じてなりません。

 

 

私たち人間は、他の人と分かち合える才能や資質を一人ひとりが自分の中に発見する力を持っています。

真の教育は、その一人ひとりの才能と資質に光をあて、その表現を手助けすることなのではないでしょうか。

 

アクエリアスの時代は、グループワークの時代です。私たちは過去2000年間、充分に“個”を確立してきました。

その“個”の特性を活かし、グループで底上げしていく時代なのです。

一人ひとりが違う才能・違う資質を持つ、多様な特質があるからこそ、豊かな社会となります。

 

新しい時代は、個々の体験と内面の成長を深め、多様性が融合することで大きな力となるのです。

仕事の分野でも、この多様性が活きるような新しい仕組みが生まれるのではないでしょうか。

今は、個々の能力や労力に対価が支払われています。

近い将来、個々の体験や成長にコミットした雇用が生まれ、それらの成果が総合的に会社の利益や結果となる・・こんな雇用が生まれるのではないかと思っています。

それは、一人ひとりが自分自身の力を存分に発揮し、わくわくしながら生きる、人生の意味と目的を見いだす一歩となるのではないでしょうか。

 

新しい世界は新しい教育によって創られる・・・そう信じています。

Photo

 

 ☆ワークショップのおしらせ☆

new education LittleTree 主催の子育てワークショップを開催します。

『子も親もありのまま 子育てワークショップ』

様々な子育て方法や情報に振り回され、何が自分と子どもに合っているのかわからなくなっている方も多いのではないでしょうか。今回、2つのテーマ・別日程で新しい視点の子育てを提供するワークショップを企画しました。自分と子どもが心地よい子育てを一緒に探してみませんか?

※どちらか1日だけの参加でも大丈夫ですが、両日ご参加されることをお勧めします。

第1回目テーマ:『子どもも大人もありのまま』

 7月2日(土)13:30〜15:30   @クリエイトホール8階 保育室

第2回目テーマ:『これでいいのだ!子育て』

 7月16日(土)9:30〜11:30   @クリエイトホール9階 和室

場所:八王子クリエイトホール 八王子駅から徒歩4分

参加費:2,000円/1回  ※乳幼児同伴OK  託児はありません。

お問い合わせ・お申込み

以下のメールアドレスへ、①お名前 ②お子さまの年齢 ③お子さま同伴の有無 ④電話番号 ⑤参加希望の日程 をお知らせ下さい。

info@m-littletree.com

お近くの方、ぜひご参加下さい。お待ちしています!

「子育てワークショップチラシ」をダウンロード


******読んで下さっているみなさまへ******

いつもブログを読んでくださり、ありがとうございます!

ご感想やご質問などをコメントやメールでお送り下さい。

たくさんの方の心に響き、人生や子育ての場で活かせるような内容にしていきたいと思っていますので、みなさんからの声でこのブログも成長していくことができます。

 

また最近、お寄せいただくご感想やご質問から、ケースバイケースでお答えした方が良いと考えています。

Skypeやお電話でお話ししながら、次への一歩を踏み出すお手伝いさせて頂くこともできますので、ご希望の方は遠慮なく、下記メールアドレスへご連絡ください。

みなさんと一緒に取り組むことで、私も成長させていただいています。一緒に取り組んで行きましょう。

また、お知り合いの方へ拡散して頂けると嬉しく思います。

どうぞよろしくお願いします。

 

ご質問やご感想はこちらへ。

□ブログのコメント欄(公開させて頂きます)

□筆者へのメール : info@m-littletree.com  (公開しません)

 

new education LittleTree (ニューエデュケーション リトルツリー)は、子育てや保育・教育に関するワークショップ・研修などを提供しています。体験を通して気づきや学びが生まれるスタイルで講座を行っています。

ワークショップをして欲しい、話を聞きたい・・などのご要望があれば、企画段階から一緒に考える事もできますので、ぜひご相談ください。フットワークは軽いので、全国どこへでも行きます!

問い合わせメール info@m-littletree.com  

 

<過去開催した講座例>

*専門学校内での講座(自然保育と新しい教育について)

*保育園にて保育士研修(自然の中での子どもの育ちと大人の関わり・園の理念と日常の保育を繋げるワーク・保育目標作成など)

*幼稚園での教員向け内部研修(自然の中での体験と関わりについて)

*子育て中のパパ・ママ向けワークショップ

*子ども子育て支援協議会全国セミナーでの講演

*森のようちえん全国ネットワーク養成講座

☆その他詳細は、ホームページをご覧ください☆

new education LittleTree ホームページ http://www.new-edulittletree.com

Facebook へのいいね!もよろしくお願いします!

 

https://www.facebook.com/morinoyouchien.littletree/

|

« “わたし”という軸 | トップページ | “大丈夫”で在る存在 »

コラム」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 個が活きるグループワーク:

« “わたし”という軸 | トップページ | “大丈夫”で在る存在 »