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“信”がある世界

ベランダに濃い紫色のクレマチスの花がたくさん咲きました。その隣にうす紫色のアサガオの花も咲き始め、両方の大好きな花を見ながら楽しんでいる私がいます。そして、去年の今頃も同じように喜んでいた自分の姿を思い出しました。花を通して“時の経過”を感じた瞬間でした。

 

 

先日ある勉強会に参加しました。そこで、ハッと気づかされた出来事がありました。

10人ほどの参加者の中に一組だけもうすぐ2歳の女の子とお母さんの親子がいました。そのお母さんが話をしている時、子どもは機嫌良くお母さんが手に持っているさつまいもをかじっては、お母さんの背中に乗ったり、座っていたソファから下りたりしていました。

そのお母さんは話しながら、子どもを自分の傍に留めておこうという意識が自動的に働き、子どものしたいようにはさせていない姿でした。

習慣的に、他の人へ迷惑をかけてはいけないというような気持ちが働いていた行動でした。子どもの動きを止めているお母さんのあり方は、自分の安心のために子どもを押さえている・・という風でした。ほとんど無意識にそうなっているのです。

お母さんが子どもの動きを抑えようとすればするほど、子どもはそわそわし、声を挙げ始めました。

すると、それを見ていた勉強会の先生がそのお母さんに

「子どもを構わないの。子どもを肯定的に放っておくこと。」

と言ったのです。

“肯定的に放っておく”この言葉はストンと私の腑に落ちました。

 

子どもを放っておけない状態とは、大人側に“放っておけない”なにかがあるのです。

このお母さんには、無意識に“人のところへ邪魔をしに行くんじゃないか”という考慮があったのではないかと思います。

他にも“怪我をするかもしれない”“危ないかもしれない”という不安がある人もいるでしょう。

中には大人自身が“寂しい”“手持ち無沙汰”で、子どもを引き寄せて置くという人もいるでしょう。

 

“肯定的に放っておく”ということには、“この子は放っておいても大丈夫”という“信”(信じる気持ち・信頼感)があるのです。

「そのままで大丈夫」という“信”

「ありのまま、あるがまま」という“信”

 

“信”がある時、人は肯定的であることができます。

“信”がないと、肯定的ではれません。

心のどこかで相手を“直そう”としたり“ダメだ”としたりしてしまいます。

“信”がないところで、“肯定しよう”と考えたり、肯定しているフリをしても意味はありません。

 

存在そのものに絶対的な“信”がある・・これが肯定的な“信がある世界”です。

存在とは、子ども、大人同士・・自分自身・自分の親・パートナー・親戚・隣近所の人・同僚・上司、そして国同士、動物・生き物…すべての存在に“信がある世界”。

それはどんな世界でしょうか。

 

先日、初めてインドへ行って来ました。

インドという国は、まさに全ての存在を“そのままでよし”にしている国のように、私には映りました。

店先で仏像を掘っている人とその隣で昼寝をする人・路上で寝ている人・汗をたらたら流しながら荷物を運んでいる人・交差点を行き交う牛・物乞いに来る子ども・車がスレスレに通っていく道端に寝ている犬・ゴミを食べているブタ・塀の上を歩いているヤギ・塀の上で昼寝をしているおばさん・体中真っ黒に汚れている小さな子ども・・

どんな姿であろうとも否定する人はなく、干渉することもなく、生き物全ての存在が認められているような国でした。

これらは、この国に深く根付いているカースト制度から来ているのかもしれません。

それの善し悪しは別として、全ての存在がそのまま認められている・・“肯定的に放っておく”という状態でした。

 

私たち日本人は、“こうでなければ・・”“こうあるべきだ・・”という思考が強い国民性です。

その思考で、子どもや自分をがんじがらめにすることが多々あります。

インド人にはなれないけれど、“そのままでよし”と“肯定的に放っておく”・・“信がある世界”を創り出すことはできるのではないでしょうか。

“信がある世界”を私たち一人ひとりが探究し、体験することで、世界に真の平和が訪れるのだと信じています。

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コメント

ちろちぐちゃん、コメントありがとうございます!
あの出来事で、私の気づきに繋がりました!
1人の気づきが、たくさんの人の気づきに繋がる・・
私たちは、一人じゃないんだって勇気づけられますね。
自分の気づきで、世界の同じような境遇の人たちにも違いがうまれるって、
まさにバタフライ・エフェクト(中国で蝶が羽ばたくと、ブラジルで竜巻が起きる)ですよ〜♪
世界に貢献ですね〜♪(*^^*)ありがとうございます!

投稿: ブログの主:なおなお | 2016年5月28日 (土) 12時08分

思わずコメントしました(^○^)
次回の勉強会の日程を確認しようと思いメールを開き、ふとブログのURLをクリックすると…心当たりある〜(笑)な記事が!

タイムリーにも、別の人間関係でモヤモヤしていることがあってここでいう“ 肯定的に放っておく” ということがとてもヒントになりました!

なおなおさんがブログを通してシェアしてくださったお陰で、こうして私も含め色んな人の気づきに繋がるんですね〜☆ありがとうございます^ ^

投稿: ちろちぐ | 2016年5月28日 (土) 00時22分

まっちーさん、コメントありがとうございます!
そうですね~他の方それぞれ感じ方や考え方が違いますから、自分は大丈夫・・となっていても、他の人が放っておけない…という事はあると思います。
その時こそ子育て感を共有するチャンスかもしれませんね。
その時のポイントは、「あなたは〇〇って思ってるのね」「私は△△って思ってるんだ~」と、相手の考えは相手の考え。自分は自分。と区別して、そしてどちらもOKにしておくことです。

大切なのは「自分がどう感じて、どう考えているか」を知っていて、良いも悪いもなく、その自分の心(感覚)に正直であることかなぁと思っています。
自分は何を感じて、何を考えているのか。そして、自分はどうしたいのか。
相手の事ではなく、「私はどうかな?」といつでも自分の中に答えを見つけて、それにも“信”があるという感じです。
同じようなシチュエーションで悩んでいるお母さん達はたくさんいますので、少しでもクリアになればと思い、コメントしました。

長くなりました。(*^^*)また気軽にコメントお願いします♪

投稿: ブログの主:なおなお | 2016年5月27日 (金) 11時51分

はじめまして(^^)
Facebookシェアから読ませていただきました。
肯定的に放っておくいい言葉ですね。
私はこれを意識して子どもと接していますが、
このブログの2歳の子のお母さんのような状況ではよく周りに注意されます。
お母さんが大丈夫でもこっちが見てて危なっかしいと。
今の世の中子育てしにくいですよね。
その中でも子どものためにどういう行動をとれば良いのか
日々錯誤中の三児の乳幼児を育て中の母です。
ブログやホームページを見て色々勉強させてもらいます。
なおなおさんとの出会いに感謝です(^^)

投稿: まっちー | 2016年5月27日 (金) 05時52分

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