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“自信”と“恐れ”

春一番が吹いた日の朝。風が窓ガラスを叩き、まるで台風の様でした。何か飛んで来て窓ガラスが割れるかも…という心配が浮かんだ次の瞬間、ベランダの植木が急に心配になり慌てて見に行きました。そこには、しっかりと根を張り、大風に逆らうことなくただ揺れている植木たち。まるで「大丈夫、大丈夫」とでも言っているような、どっしりとしたその姿に力づけられました。

 

 

先日、ある専門学校に招かれ、講座を行いました。私の講座は、体験と座学を繰り返す方式で行い、実生活や実際の現場で“自分なりに取り組んでみよう”という気持ちになることがねらいです。

講座が終わった後、一人の学生がぽか〜んとしていたので、思わず「どうだった?腑に落ちない所がある?」と声を掛けました。すると、

「すごくよくわかりました。今日の内容を思い出しながら自分の中で消化したいと思います。でも、自信がないんです。私にできるかなぁ…」

という返事でした。

その講座の内容は、“概念”や“知識”を覚えるという内容ではなかったので、体験を整理するために少し考える必要があったようです。

それと同時に、「自信がない」という言葉が人の次の可能性への思考を止めていることにも気づきました。

 

その翌日、自宅でゆっくり片付けをしていると、玄関のチャイムが鳴り、出てみると「最近引っ越して来られたようなので、重要な確認事項がありまして伺いました」と30歳くらいの男性がインターフォン越しに見えました。

引っ越したばかりなので、自治会の何かだと思いドアを開けると、NHKの集金に来たとのこと。でも家にはTVが無いので、必然的にNHKも観ていません。それで、支払いも抵抗しましたが、「視聴率が1%にも満たない“おかあさんといっしょ”などの教育番組の制作費用がこの受信料で賄われているんです。」の言葉に負けて、支払いました。そこで、私は「嫌な顔されることが多いでしょ?大変ね」とその男性に言うと、

「そうですね。でも、ぼくのことを嫌っている訳ではないので…」

と、笑顔で応えました。

その男性の最初から最後までにこやかで且つ毅然とした態度に、その源が見えたような気がしました。

それは、自分の存在自体に対する絶対的な“信”でした。

 

「自信がない」という人、またその言葉が口癖のようになっている人は多いのではないでしょうか。

 

実は、“自信”というようなものは、“無い”のです。

“自信をつける”“自信を持つ”“自信が出る”…などと、どこかに“自信”というようなものがあるかのように思っている私たちですが、実態がある訳ではありません。

そして、「自信がない」と感じている時に“ある”ものがあります。

それは“不安”や“恐れ”です。

 

「自信がない」と自分で言っている時やそう感じている時の自分自身をよく観察してみると…

例えば、仕事でプレゼンをする場面、研究発表会やピアノなどの習い事の発表会で、人前に出る前に「自信がなくてドキドキする」ということがあるのではないでしょうか。

その時の自分を観てみると、「失敗したらどうしよう」「ヘマをして恥をかいたらどうしよう」などの“不安”や“恐れ”があります。

“自信”がどこかに行って無くなってしまった訳ではなく、“不安”や“恐れ”があるだけなのです。

 

“不安”は“恐れ”です。

何かに“不安”を感じる時は、その何かに“恐れている”時です。

そして、その“恐れ”には、何も意味がありません。

「“恐れ”が出ている自分はダメだ…」とか「“恐れている”のは臆病だからだ」などということでもないのです。

“恐れ”は、単なる脳みそ(思考)の反応です。

 

 

「今、不安が出ているな・・私」

「今、恐れの反応が出て来たな・・私」

「今、自信がないと思っているな・・失敗する(間違える・できない)ということを恐れてるんだな・・私」

と、もう一人の自分が高見から自分のことを眺めるように、観察してみて下さい。

客観的に観ることができ、その“恐れ”が「反応なんだ」と眺めることができるようになると、その“恐れ”の反応は消えてしまうでしょう。

すると、力が湧いて来るような感覚が感じられます。それが“恐れ”の反応が消えた証拠で、“自信が出て来た”という感覚かもしれません。

 

 

「自信が無い」「自信がほしい」と“自信”を追い求めるのではなく、“恐れ”を認識することが大切です。

以前のブログ『場を育む』でも書きましたが、“恐れ”というものも実態はありません。自然と出て来るガスのようなものです。そして、勝手に出て来るものです。

その“恐れ”の反応に気がついたら、「あ、出て来たな〜」とただそのままにしておくと、どこかへ行ってしまいます。

その時、“恐れ”の反応にこだわって、どっぷり浸っていると、自分のあり方そのものが“恐れているあり方”になってしまい、“恐れ”の反応から抜け出すことが難しくなります。

“恐れ”の反応と“自分”とを区別することが大切です。

 

“恐れ”の反応が消えると、自分の存在自体への信頼、“信”が生まれます。

これこそが本来の“自信”なのです。

 

一人ひとりが自分への“信”と他者への“信”を手に入れる時、世界に蔓延している“恐れ”(という反応)が消え、世界は“信”で満たされ、個々が活き活きとして輝く人生を生きることが可能になるのではないでしょうか。



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