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“あり方”から来る“わたし”

元旦、地元の神社へ初詣に行くと長い行列。並んでいる間に神社の樹々を見上げていたら、鳥の巣を見つけました。「カラスの巣かなぁ…隙間が多いけどヒナは落ちないのかな」などとぼんやり考えていた時、ハッと気づきました。自分が今巣の真下にいるということを。その瞬間、カラスのヒナのことよりも“糞が落ちて来るんじゃないか”と自分の心配をしている私でした。よく考えるとカラスもヒナもいないのに…。

 

 

東日本大震災の時に仙台フィルハーモニー管弦楽団の正指揮者だった山下一史さんという方の記事を読みました。

『声を大にして平和というのではなく、ぼくがそういう気持ちを持って立つことでにじみ出るものがある…』

と言っている山下さんは、お母さんが広島で被爆されたとのことです。音楽で平和への思いを表現している方だということが伺える記事でした。

 

「その人がどんな人か」ということは、肩書きや職業などだけではわかりません。実際に「その人がどんな人か」は、その言葉や仕草から出るエネルギーによって感じられるものです。

指揮者の山下さんのことはこの記事を読むまでは知らなかったのですが、彼の “あり方”がこの記事から伝わってきました。

 

『わたしは誰か?』ということは、自己紹介で話すような“名前”“職業”“経歴”などの内容だけで表現されるものではありません。

どんなに素晴らしい肩書きや輝かしい業績・成果を並べてみても、その人の“人となり”が現れるのは、“あり方”です。

 

“あり方”はその人の立ち居振る舞いからも感じ取れる時があります。

例えば、会社に新人が入社して来るとします。

もしその人がオドオドとして入って来たら、「素晴らしい人材」だという前評判があったとしても、「不安そうな人だ」というように周りの人には見えるでしょう。

もしその人のあり方が“自信”であれば、「あぁ、あの人が噂の素晴らしい人材ね」というように見えるでしょう。

その人の取っている行動は、ただドアを開けて入って来るという行動です。外側の行動は同じでもあり方によって、“不安そうな人”と“素晴らしい人材”という周りの人に与える印象の違いがあります。

それが“あり方”の違いであり、その人の“行動”がそう見せるのではなく、“あり方”から伝わってくるのです。

 

 

私が高校生の時、初めてバイトしたのは接骨院でした。

初めてのバイトで、何をどうしていいのかわからず、教えられたことを一つひとつこなすのがやっとで、臨機応変な対応ができずに叱られてばかりでした。あの時の私は、“不安”でずっと緊張していましたので、冗談にも笑うことができず、全く打ち解けられませんでした。だんだん仕事にも慣れてきましたが、そこでの私は“大人しい人”というあり方でした。

次にバイトをしたファミリーレストランでは、覚えることとやる事が明確だったので、教えられた通りにできると店長に誉められ、どんどん自信を持って楽しくバイトをすることができました。

そしてある日、足を挫いて以前バイトをしていた接骨院へ行きました。その時、接骨院の先生が私を見て「なんか変わったね。どうしたの?」と驚いていました。それは私のあり方が全く変わっていたのだと思います。

再び接骨院に訪れた時の私は、ファミリーレストランのバイトから“自信”がつき、冗談も言える“明るい人”という私にあり方が変化していたのです。

 

 

本当の意味での『わたしは誰か?』は、内側から出る“あり方”です。

そしてその“あり方”は、“自分(わたし)”の内側にあるのです。だからこそ、創作が可能なのです。

『わたしは誰か』を創ることで、そこから“あり方”が生まれ、自然と“行動”や“思考”…仕草や言葉に現れてきます。

『私は太陽のような人です』という自分を創ったとしたら、きっとあり方は“みんなを明るく照らすようなあり方”となり、周囲の人に与える印象も「あの人が来るとぱっと明るくなるね」というようなものになるでしょう。

 

 

私たちは、過去の出来事や人から言われたこと、自分の頭の中で自分に対して言っていることから、『私はこういう人』というものを創り上げています。

例えば、

・子どもの頃、物を壊して叱られてばかりだった私は今も自分はそそっかしいと思っている。

・親から“落ち着きがない”と言われていた。だから、今も落ち着きがないんだと思っている。

・頭の中で常に「失敗するな」と自分に言い続けている…「私は失敗するから」と思っている。

などなど・・誰しもこのように過去から来る“暗示”にかかっているものです。

でも、未来はこれから自分が創作できます。真っ白なキャンバスに絵を描くように…。

 

どんな自分にでもなれるとしたら、どういう自分でありたいですか?

「お金持ちになりたい」とか「ハンサムになりたい」とか外側で見える浅いところの自分ではなく、自分の心(ハート:胸の辺り)の深〜いところにある自分です。

すぐには見つからない人もいるかもしれません。

でも自分のハートを観察し続けてみて下さい。

“こういう時に歓びがある自分なんだ”

“このことにわくわくしている自分だ”

ということが見えてくると思います。

 

 

私は新年の始めに毎年、その年の『わたしは誰か』を創作します。

今年の私は、『調和』というキーワードが出て来ました。

文頭に書いた指揮者の山下さんは『平和がにじみ出る人』でしたが、私は『調和がにじみ出る人』でありたいと思います。

今、世界は混沌としていて、光と闇が混在しています。

闇があるから光を体験することができます。

その光と闇のバランスがとれることで、世界の調和が生まれるのではないでしょうか。

人はどうしても「良い」「悪い」「こっちが正しい」「あっちは間違っている」と反発し合い、戦ってしまいます。

でも、それらの価値観のバランスがとれた時、真の多様性の世界が生まれるのではないかと感じています。

自分の身近な出来事から世界そして地球の出来事まで、全てが調和し、豊かで平和な世界が一人ひとりの中で現れて来ることを願いながら、今年もブログを書いていきます。よろしくお願いいたします。

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