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2016年1月

挑戦と挑発

先日、「太陽系第9惑星発見か。」というニュースで、その星の質量は地球の10倍で、冥王星は質量が少なくて準惑星ということを知りました。地球上では質量と重量は等しいけれど、地球の外に出ると質量=重量ではないという、この宇宙の不思議を感じながら夜空を見上げていると、オリオン座の下にひときわ輝く星シリウスが目につきました。その光に見守られているように感じ、ホッとした瞬間でした。

 

 

新聞に“安倍首相は年明けから野党を批判する発言を連発。「挑戦の年」と言いながら「挑発」している。”いう内容の記事がありました。

それを読み、面白い視点だと感じました。私たちも子ども達の「挑戦」(チャレンジ)と称して、「挑発」しているかも知れないと思ったからです。

 

自然のなかで保育をする自然保育では、子ども達の「挑戦」の場を多く目にします。

以前、4歳児の女の子Aちゃんが崖とも呼べるような急な斜面を、5歳児の男の子達の後について登り始めたことがありました。

4歳児3月生まれのAちゃんには、ちょっと厳しいかなと思った私は、

Aちゃん、あっちからも登れそうだよ」

と、易しい斜面の方を指しました。

でもAちゃんは、

「ううん。こっちいく」

と、まっすぐにその急斜面を見据えていました。

決意を固めた瞬間でした。

何度も足が滑り、登ってもまた滑り落ち、涙ぐみながらも絶対に諦めないAちゃんの姿に私は感動しました。

これが、「挑戦」の姿だと思います。

 

また別の時には、4歳児の男の子Bくんも5歳児の活発なお兄さん達について行きたくて、崖のような急斜面を登り始めました。

でもBくんは、「やっぱりやめた」と言って、あっさり違う道へと行きました。

このこと自体は悪いことではありません。Bくんは自分で“やらない”ということを選択したのです。

 

このように崖があっても無くても、子どもは生まれてから毎日がチャレンジ(挑戦)です。

寝返りを打つこと、ハイハイをすること、歩くこと・・一つひとつが子ども自身のペースで、挑戦し、成長していくのです。

歩き初めの子どもが転んだと言って、「歩くのを失敗した」という人はいないと思います。

でも、大人はだんだん子どもの試み(挑戦)に対して、何か意味や解釈をつけるようになります。

 

「男の子なんだから、これくらいできるでしょ」

「もう大きいんだから、これくらい我慢しなさい」

「自分がやるって言ったんだから最後までやりなさい」

・・・と、“挑発”してはいないでしょうか。

 

〇〇だから出来て当たり前・・という中での挑戦(やること)は辛いものになります。「できるかな?どうかな?あぁ、できたね!」という感覚が挑戦です。「これくらいできるでしょ」と言われたら、やる気もなくなります。そして、大人にとって些細な出来事も、子どもにとっては挑戦と感じることもあります。大人でも初めて会った人に自分から話しかけることに勇気が必要な人もいます。そういう人にとっては、初対面の人と話すということが挑戦なのです。

 

自分で言ったことは最後までやらせなければならない・・というのは大人の解釈です。

子ども達には、“今”しかありません。子ども達は“今”を生きているのです。

“さっき言ったこと”“前に決めたこと”という“過去”からではなく、“今”やらない・・となったら、やりたくないのです。

また、“未来”への不安もありません。

「小学校行ったら困るよ」と言われても、子どもは“今”を生きているので、ピンと来ません。

“過去”にこだわるのも、“未来”に不安を感じるのも、みんな大人です。

 

こういう事から、だんだん子どものペースでの挑戦を温かく見守れなくなって、もっと頑張れ、もっと出来るはず・・とお尻を叩いているかもしれません。

 

“励ます”ことと、“挑発する”ことは全く違う“質”です。

“励ましている”つもりが“挑発していた”ということがあるかもしれません。

 

“励ます”という時には、「この子はできる」という確信があります。『大丈夫だよ、安心して挑戦してごらん』という大きい器で、愛の包容力のエネルギーを発するのです。

“挑発する”という時のあり方は、「出来て当たり前」や「できるものならやってみろ」というような、ちょっと意地の悪いエネルギーを発しているものです。

 

 

子どもでも大人でも、“安心”の場にいる時ほど力を発揮します。

“安心”という愛のエネルギーで包まれる時、人は自分がやりたいことを自由に表現し、自信を持ってそのことに取り組めるようになるのです。

世界が愛のエネルギーに包まれ、“安心”な世界になったらどうでしょう。

いじめもなくなるでしょう。

テロもなくなるでしょう。

戦争もなくなるでしょう。

そして、一人ひとりが自由に本当にやりたいことを表現できる世界になるのではないでしょうか。

そういう世界を創る第一歩は、私たち一人ひとりが

「どういうエネルギーを発するのか」

ということに意図的であることが大切なのだと思います。

 

『今、この瞬間、どんなエネルギーを発する自分なのか。』

それが世界平和の第一歩なのです。




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影響し合っている世界

雪の予報が出ていた次の日の朝、どれくらい積もっているだろうとワクワクしながらカーテンを開けると、溶けかかった雪がシャーベット状になっていました。植木鉢の若木の上にも水を含んだ重い雪が積もり、枝が押しつぶされて苦しそうに見え、かわいそうに思った私でした。

 

 

先日、環境省のエコチル調査シンポジウムというものに参加して来ました。特別講演には、北野大さんが登壇され、子育てと化学物質のお話をされました。

その中で、「人間も化学物質なんですよ。世の中にあるもの全てが化学物質なんです。」と話されていたことが印象的でした。化学物質と聞くと人工的に作られた物質のことを指すように思っていましたが、花粉などは天然化学物質というそうです。

 

人間も化学物質…そう言われてみれば、良く最近は人との関わりなどで、11は2ではないという言い方がされたり、ビジネスの世界などでも、人との出会いで化学反応が起きる・イノベーションが生まれるという言い方をされています。

このことも化学物質である人間同士だからこその反応なのかもしれない…とも思えます。

 

 

幼稚園・保育園などでもこんなことが良くあります。

・何でもきちんとしている〇〇先生のクラスの子ども達は、しっかりしている子が多い。

・分析好きな△△先生のクラスの子ども達は、何かを観察したりすることが好きな子が多い。

・明るく、おおらかな☆☆先生のクラスの子ども達は、元気で活発な子どもが多い。

などなど・・そのクラス担任の質が、クラスの子ども達の質に影響しています。

その先生×(かける)子ども達で化学反応が起きているのでしょう。

 

以前にも書きましたが、この世に存在するもの全てはエネルギーです。

私たちの体も目の前にある物質…テーブルやコップ、ペン、植物、鉱物など、私たちがそこに確固たるものとして存在していると信じている物も、全てがエネルギーで、一定の波動で振動しているということは、物理で証明されていることです。

そして今、心(思考や感情)もエネルギーとして、証明されつつあるそうです。

 

このように、エネルギーとしての私たちの肉体・思考・感情は、人との関わりで相互作用が起きるのは当然でしょう。

 

 

スーパーで買い物をしていた時、火がついたように泣き叫ぶ子どもの声が聞こえてきました。周りの人も買い物の手を止めて、その子どもがどこで泣いているのかと見回していました。私がいたところからは親の姿は見えませんでしたが、「ママ〜」と泣きながら追っている子どもの姿が見えました。

何かに怯えているような泣き声でした。

きっと、母親に何らかの理由で叱られ、「置いて行く」とでも言われたか、そういう素振りをされたのではないかと思います。子どもの泣き声から、“置いていかれる”ことへの不安や恐れのようなものが伝わって来ました。

私も含め、周りの人はその子どもの声から伝わって来る“恐れのエネルギー”に反応して、“なんだろう”“どうしたんだろう”と、“不安のエネルギー”が漂っていました。

また別の場面で、走っていた子どもが私の目の前で派手に転び、スーパーで泣いていた子と同じように、泣き叫ぶということがありました。転んだその子どもに対し、母親は静かに「いたかったね」と声を掛けていました。すると、子どもの泣き方も静かになり「いたかった」と言い、すぐに立ち直っていました。

それを見ていた私も、「あぁ大丈夫だ」と“安心のエネルギー”に包まれました。

 

スーパーでの母親の姿は見えませんでしたが、イライラし怒っているという姿が想像つきました。母親の姿が見えなくても、その怒りのエネルギーが子どもを通して伝わって来るのです。

そして、目の前で転んだ子どもの母親は、動揺していない落ち着いた態度で、そこから伝わって来るのは静かな愛のエネルギーでした。

こうして、親のエネルギーはすぐに子どもへと伝わり、そして周りの人へも影響を与えているのです。

 

他にも、なんとなく伝わって来るものがある…ということが日常の中にあるのではないでしょうか。

電車の中で、イライラしていそうな人がいると、それを察知して避けるとか、

車の運転をしている時に、前の車の運転手がイライラしているのが伝わって来るとか、

道を聞く時に、なんとなく親切そうな人に声を掛けるとか・・

私たちは日常の中でも、人のエネルギーを察知しながら生活をしています。

 

逆に、自分のエネルギーが周りの人にどのように影響しているかに関して、無頓着であることも多々あります。

例えば、家族と口喧嘩をして、そのことを頭の中でグルグルと考えながら出社した時、同僚に「あれ、今日は機嫌悪いの?」と言われた・・とか

楽しいこと・嬉しいことがあった時、その嬉しさが知らず知らずのうちに外に出ていて、「なんか嬉しそうだね」と人から言われた・・など、

人間の感情のエネルギーというのは周りの人へ伝わりやすいものです。

 

 

普段、ほとんど無意識で過ごしていることが多い私たちですが、感情や思考のエネルギーを発している存在なんだ…ということを認識することが大切です。

特に、小さな子ども達への影響は多大です。

あるアファメーションの中に、

『自分を忘れて、害を与えず、正しく語る・・』

という一節があります。

私はこの一節を読む度に、“自分に固執してはいないか。”“思考や感情のエネルギーで人に害を与える存在になってはいないか。”“正しい言葉のエネルギーで語っているだろうか。”と、身が引き締まる思いになります。

 

私たち一人ひとりが、自分の思考や感情のエネルギーにも責任を持つ(意識する)ことで、地球の裏側へも、害を与えることなく、貢献のエネルギーで影響を与えることができるのではないかと思っています。

 

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“愛”は“善意”から始まる

久しぶりに雨が降り、空を見上げながら歩いていると、ポトン・・と白い塊が落ちて来ました。ゴミでも落ちて来たのかと不思議に思っているとまた一つポトン。雨に混ざって落ちて来た大きな雪の粒でした。ほとんど雪が混ざっていない“みぞれ”でしたが、そのほんの少しの雪にワクワクしていた私でした。

 

 

先日新聞に『混雑しているバスの中で子どもが泣いてしまった。降りる時に乗り合わせていた男性二人に“うるさいんだよ”“子どもなんか産むんじゃねえよ”と続けざまに怒鳴られてショックだった』という投稿記事がありました。

後日、その記事に対して『私も同じような経験をしました』という子育て中の母親からのコメントがいくつか紹介されていました。

子どもの声が騒音だという苦情、視覚障がい者に足を掛けて転ばせる、妊婦や老人を突き飛ばすなどの嫌がらせがあった・・というニュースを耳にすることが多くなりました。

 

以前私も、満員電車でこんなことがありました。次々に乗って来る人の波に押されて、私の背中がOL風の女性にぴったりくっつくような形になりました。しばらくするとその女性のカバンがドン・・ドン・・と背中にぶつかってきました。私は電車が揺れてぶつかっていると思い、気にしていませんでしたが、次に女性が肘でドン・・ドン・・と突いてきました。そこで初めてわざと突かれていることに気づきました。でも満員で身動きが取れず、どうすることもできませんでした。すると大きな揺れの拍子に私はバランスを崩し、その女性の足を思い切り踏んでしまったのです。慌ててその女性に『ごめんなさい』と言うと、私の体勢もきついのだということが伝わったようで、その後は何もされませんでした。

 

私が遭遇した女性も、親子を怒鳴った男性二人も、きっと混雑している状態にイライラし不快に感じ、ネガティブなエネルギーを募らせていたのでしょう。

そういうネガティブなエネルギーは、子どもやお年寄り、障がい者などの弱者に向きます。

そして、同じようなネガティブなエネルギーを持つ者同士が接触した時は暴力・ケンカになります。

先ほど書いた電車での出来事で、もし私も満員電車でイライラしていたら、あの女性とケンカになっていたかもしれません。

 

相手につられて怒りが湧いて来るということが、日常の中でもよくあるのではないでしょうか。

例えば、AさんからBさんに対する怒りの文句を聞いていたら、自分もBさんとの小さな出来事を思い出して、それまで気にも留めていなかったのに急に腹が立って来た・・というような経験がありませんか。

そういう時は後から『どうしてあんなに腹が立ったんだろう』と不思議に思ったりするものです。

自分の中にある小さいネガティブなエネルギーが、他の人のネガティブなエネルギーと合わさった場合、自分のキャパシティーを超えたエネルギーとなってしまうことがあります。

 

 

ネガティブなエネルギー(感情)に振り回されない為には、自分の意識を高く保つことがポイントになります。

普段、私たちの意識はみぞおちの辺りにあります。

座禅や武道などでは、“丹田”というおへその下辺りを意識することで自分がどっしりすると言われています。

でも、今の時代は、みぞおちよりも“ハート”(胸の辺り)から上に意識を持って来る方が良いのです。

みぞおちの辺りは、感情のエネルギーに反応しやすく、ネガティブな感情に振り回されてしまうことが多々あります。

“ハート”(胸の辺り)は、“愛のセンター”とも呼ばれている場所です。

怒りやイライラが出て来た時こそ、ふぅ〜と息を吐いて、胸の辺りを意識してみて下さい。ハートの窓が開くように…。

力がスゥ〜と抜けて来る感覚があるかもしれません。

なかなかハートに意識が行かないこともあります。

まずは、「今、自分の意識がどこにあるか」に気づくことが大切です。

 

 

以前、保育園の子ども達と自然の中で遊んでいる時のことでした。

1歳児の男の子が「だいじょうぶ〜?」と言い、自分も苦労して登った土手の上から、これから登って来る友だちを助けようと手を差し伸べていました。

手を差し伸べられた子は「ありがと」と言いながらその手に掴まり、上まで登ると、ふたりで「のぼれた〜!」と喜んでいました。

自分が助けられた体験があるから、今度は自分が助けたい…という気持ちが生まれます。この世に生まれて1年程しか経っていなくても、それを表現できるのです。

人助けをするという“善意”は、人が元々持っているものなのだと思います。

 

“善意”は、“善意”を生みます。

“善意”は“愛”の表現の最初のステップです。

 

“悪意”が目立つ世の中だからこそ、“悪意”を生む連鎖を断ち切る私たちとして、自分の意識を高く保ち、“愛”の前段階としての“善意”が表現される世界を創っていきましょう。

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“あり方”から来る“わたし”

元旦、地元の神社へ初詣に行くと長い行列。並んでいる間に神社の樹々を見上げていたら、鳥の巣を見つけました。「カラスの巣かなぁ…隙間が多いけどヒナは落ちないのかな」などとぼんやり考えていた時、ハッと気づきました。自分が今巣の真下にいるということを。その瞬間、カラスのヒナのことよりも“糞が落ちて来るんじゃないか”と自分の心配をしている私でした。よく考えるとカラスもヒナもいないのに…。

 

 

東日本大震災の時に仙台フィルハーモニー管弦楽団の正指揮者だった山下一史さんという方の記事を読みました。

『声を大にして平和というのではなく、ぼくがそういう気持ちを持って立つことでにじみ出るものがある…』

と言っている山下さんは、お母さんが広島で被爆されたとのことです。音楽で平和への思いを表現している方だということが伺える記事でした。

 

「その人がどんな人か」ということは、肩書きや職業などだけではわかりません。実際に「その人がどんな人か」は、その言葉や仕草から出るエネルギーによって感じられるものです。

指揮者の山下さんのことはこの記事を読むまでは知らなかったのですが、彼の “あり方”がこの記事から伝わってきました。

 

『わたしは誰か?』ということは、自己紹介で話すような“名前”“職業”“経歴”などの内容だけで表現されるものではありません。

どんなに素晴らしい肩書きや輝かしい業績・成果を並べてみても、その人の“人となり”が現れるのは、“あり方”です。

 

“あり方”はその人の立ち居振る舞いからも感じ取れる時があります。

例えば、会社に新人が入社して来るとします。

もしその人がオドオドとして入って来たら、「素晴らしい人材」だという前評判があったとしても、「不安そうな人だ」というように周りの人には見えるでしょう。

もしその人のあり方が“自信”であれば、「あぁ、あの人が噂の素晴らしい人材ね」というように見えるでしょう。

その人の取っている行動は、ただドアを開けて入って来るという行動です。外側の行動は同じでもあり方によって、“不安そうな人”と“素晴らしい人材”という周りの人に与える印象の違いがあります。

それが“あり方”の違いであり、その人の“行動”がそう見せるのではなく、“あり方”から伝わってくるのです。

 

 

私が高校生の時、初めてバイトしたのは接骨院でした。

初めてのバイトで、何をどうしていいのかわからず、教えられたことを一つひとつこなすのがやっとで、臨機応変な対応ができずに叱られてばかりでした。あの時の私は、“不安”でずっと緊張していましたので、冗談にも笑うことができず、全く打ち解けられませんでした。だんだん仕事にも慣れてきましたが、そこでの私は“大人しい人”というあり方でした。

次にバイトをしたファミリーレストランでは、覚えることとやる事が明確だったので、教えられた通りにできると店長に誉められ、どんどん自信を持って楽しくバイトをすることができました。

そしてある日、足を挫いて以前バイトをしていた接骨院へ行きました。その時、接骨院の先生が私を見て「なんか変わったね。どうしたの?」と驚いていました。それは私のあり方が全く変わっていたのだと思います。

再び接骨院に訪れた時の私は、ファミリーレストランのバイトから“自信”がつき、冗談も言える“明るい人”という私にあり方が変化していたのです。

 

 

本当の意味での『わたしは誰か?』は、内側から出る“あり方”です。

そしてその“あり方”は、“自分(わたし)”の内側にあるのです。だからこそ、創作が可能なのです。

『わたしは誰か』を創ることで、そこから“あり方”が生まれ、自然と“行動”や“思考”…仕草や言葉に現れてきます。

『私は太陽のような人です』という自分を創ったとしたら、きっとあり方は“みんなを明るく照らすようなあり方”となり、周囲の人に与える印象も「あの人が来るとぱっと明るくなるね」というようなものになるでしょう。

 

 

私たちは、過去の出来事や人から言われたこと、自分の頭の中で自分に対して言っていることから、『私はこういう人』というものを創り上げています。

例えば、

・子どもの頃、物を壊して叱られてばかりだった私は今も自分はそそっかしいと思っている。

・親から“落ち着きがない”と言われていた。だから、今も落ち着きがないんだと思っている。

・頭の中で常に「失敗するな」と自分に言い続けている…「私は失敗するから」と思っている。

などなど・・誰しもこのように過去から来る“暗示”にかかっているものです。

でも、未来はこれから自分が創作できます。真っ白なキャンバスに絵を描くように…。

 

どんな自分にでもなれるとしたら、どういう自分でありたいですか?

「お金持ちになりたい」とか「ハンサムになりたい」とか外側で見える浅いところの自分ではなく、自分の心(ハート:胸の辺り)の深〜いところにある自分です。

すぐには見つからない人もいるかもしれません。

でも自分のハートを観察し続けてみて下さい。

“こういう時に歓びがある自分なんだ”

“このことにわくわくしている自分だ”

ということが見えてくると思います。

 

 

私は新年の始めに毎年、その年の『わたしは誰か』を創作します。

今年の私は、『調和』というキーワードが出て来ました。

文頭に書いた指揮者の山下さんは『平和がにじみ出る人』でしたが、私は『調和がにじみ出る人』でありたいと思います。

今、世界は混沌としていて、光と闇が混在しています。

闇があるから光を体験することができます。

その光と闇のバランスがとれることで、世界の調和が生まれるのではないでしょうか。

人はどうしても「良い」「悪い」「こっちが正しい」「あっちは間違っている」と反発し合い、戦ってしまいます。

でも、それらの価値観のバランスがとれた時、真の多様性の世界が生まれるのではないかと感じています。

自分の身近な出来事から世界そして地球の出来事まで、全てが調和し、豊かで平和な世界が一人ひとりの中で現れて来ることを願いながら、今年もブログを書いていきます。よろしくお願いいたします。

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