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2015年12月

個の視点から融合の視点へ

先日北風が吹く中、ポケットに手を入れて体を丸めて歩いていると、足もとにイチョウの落ち葉の黄色いじゅうたんが現れました。その鮮やかな色を見て、思わず近くの樹を見上げると、そこには葉が一枚もない裸のイチョウの樹。なんとなく「今までご苦労さまでした」という言葉を掛けたくなった私でした。

 

 

以前、「ストレス解消は何をしているんですか?」と聞かれたことがあります。その時「私、ストレスってないかもしれない」と答えていました。

そして、今日の新聞に『ストレスを肯定することで力になる』という記事がありました。

そこで気づいたのは、「ストレスを悪い」としていない私は、「ストレスをストレスと思っていない」のだということでした。

その記事には「実はストレスは自分を助け、強く成長させるもの…ストレスを感じたら大切なものを守ろうとする準備と思い、その目標に向かいエネルギーを使おうと考える。ストレスを肯定すると、自分の持っている力に気づき、勇気を出すことができるでしょう。」ということが書いてありました。

原因不明の体調不良は、医者に行くと「ストレスですね」と言われることが多くあり、「ストレスは諸悪の根源」となっている私たちにとってはこの記事は“新しい視点”を与えてくれているように感じました。

 

私が通っている歯医者さんも、「適度なストレスを与えることが成長を促す」と話していたのを思い出しました。

“歯を食いしばる”“固い物を噛む”というストレスで、あごが発達するということです。

 

今までは「何でもストレスのせい」とストレスを“マイナス”としていた視点から、180度反対の「ストレスを利用して成長する」という“プラス”の視点に変わってしまうと、全く違う世界が開けてくるように感じます。

 

 

以前、保育園で働いていたとき、落ち着かない子どもがいました。その子は、発表会の時「やりたくな〜い」と言いながら、舞台に上がって、他の子が合奏をしている間、一番前でゴロゴロしていました。

先生に「やってごらん」と言われると「やってみる」と言うだけで、体は起こしませんでした。

その当時は『親が見に来るからやらせなければならない』という考えの園だったので、私も『やらせる』という考えでしかなく、“どうしたらやらせることができるか”とばかり考えていました。

今思うと、その子は“合奏はやりたくない”と言っていたけど、舞台に上がることだけでもチャレンジだったのかもしれません。

このように一つの出来事も、違う視点で見ることができると、全く違う質に見えて来るものです。

 

私たちは、自分が見えている世界が“絶対的な世界”というようにしているかもしれません。

家族間でもそれぞれが信じている世界は違います。

洗濯の仕方ひとつをとっても、違う世界観で洗濯をしているのかもしれません。

例えば私は、ズボンを洗濯して干す時は色落ち・色あせしないように裏返しで洗い、裏返しのままで干します。

でも夫は、裏返しにして洗ったズボンを表にしてから干します。それは、そのまますぐに履けるようにだそうです。

こんなちっぽけなことにすら、私たちは“これが正しい”としている世界があり、それぞれのところで生きています。

これが、職場や保育の現場、子育てなどの様々な場面で起きているのではないでしょうか。

 

『私が見ていることを違う角度から見たらどうだろう。』

と試してみて下さい。

この子に“やらせる”というところから、この子が“これをやったらどうだろう”という視点へ。

私が思っていることは“絶対正しい”というところから、“絶対正しい訳ではないかもしれない”という視点へ。

これは“やらなければならない”というところから“やらなくてもいいかもしれない”という視点へ。

これは“こうあるべきだ”というところから“こうでなくてもいいかもしれない”という視点へ。

 

自分の心がギューッと固く閉じている時は、“自分の考え”や“自分の世界”を頑なに守っている時なのです。

その時こそ、ふ〜っと息を吐いて、胸の辺りにある心(ハート)の窓を開き、新しい風を入れてみてください。

すると、今まで氷のように頑なだった心が溶けて、考えも柔らかくなって来るでしょう。

それは視点を変える…そして、視野が拡がるきっかけとなります。

180度真逆の意見を受け入れると、そこに広がる景色は360度パノラマの世界にまで拡がるのです。

 

『個は全体であり、全体は個である』

というような悟りのように、

自分が絶対だと思っている世界から抜け出すことで、

自分も相手も無くなり、全体に溶け込んでいきます。

 

個が主張するよりも、全体が融合するような世界になると、争いがないハートとハートで繋がっている愛の世界になるのではないかと思います。

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愛は光速の二乗で増える

先日、新潟へ行って来ました。朝、車の上にうっすらと雪が積もり、ちょっとドキドキ。『積もったら怖いな』そんなドキドキでした。

でも運転中、遠くの山が白くなっているのを見て、今度はワクワク。やっぱり早く雪が積もって欲しいと思う私でした。

 

 

先日、インターネットに「保育士不足解消の施策として、保育士資格がなくても保育園で働ける制度を検討中」というような内容の記事がありました。

その記事を読んで「子どもの育ち」や「保育・教育」を軽視しているのではないかと、憤りを感じました。

この国の教育はどうなってしまうんだろう…どうしたら良くなるんだろう…と、考えながらお風呂に入っていると、何かの拍子に水がとび、水滴が壁につきました。その水滴はちょんちょんと目を書いたように並んでいました。

その2つの水滴を見て、地球は相対的なエネルギーの星であるということを思い出し、「資格無しで保育園で働くことを“良くない”(悪い)としている私」に気づきました。

 

アインシュタインが証明したように、地球は相対的なエネルギーの星ですから、2つのことが同時に現れる世界なのです。

良い・悪いの他にも、長い・短い、重い・軽い、濃い・薄い、陰と陽、光と影、昼と夜、偶数と奇数、男と女…というように、一つの物・事に二つの相対的な表現があります。

だから、「資格無しで、保育園で働くのは“良くない”(悪い)」としていると、もう一方では「資格がなくても保育園で働けることは“良い”」という解釈があります。

そう考えると、もしかしたら資格の有る無しに関係なく、誰でも自分がやりたい仕事ができる、より自由な世界が見えてきます。

資格があるから良い保育ができるかというとそうではなく、一人ひとりの思いや個性からその場が作られているのが実際の現場の姿です。

実は私も、学校ではほとんど身を入れて勉強していませんでした。でも、保育の現場で子どもたちを前にすると、「この時はどうしたらいいんだろう?」「なぜ子ども達はこういう反応になるんだろう?」といろいろなことに直面しました。その時に、教科書を引っ張り出してきて、学校にいた時より勉強をしたものです。

知識が必要になれば、その分野のことを改めて勉強します。体験があるからこそ、知識が知恵になり身につきます。これは、子ども達にも当てはまると思います。“勉強”が大切なのではなく、“学び”が大切なのです。

学歴が高くても、現場では動けない・・という話も良く聞きます。

逆に、資格はないけれど、意欲的に働き、頼りになる・・という人もいます。

こんな風に資格の有無に関係なく、一人ひとりの能力が活かせることの方が大切なのかもしれません。

 

このように、自分が「これは絶対に悪い」「これは絶対に良い」と偏った価値観から抜け出すことで、新しい視点や気づき・可能性が生まれてきます。

“良い”や“悪い”の評価判断が出て来たら、その両方を含み、「どちらもよし」という世界に立つことで、見えてくる景色が変わります。

 

 

戦後の日本は、何も無しの壊滅状態になり“貧しい”というところから、 “豊かさ”を求めて経済的に発展してきました。

「もっと豊かになるために・・」「もっと賢くなるために・・」「もっと技術を進歩させるために・・」「もっと・・もっと・・」と、相対している反対側のものを手に入れるためにエネルギーを注いできました。

それは“無い”という意識からの、“ある”という世界を手に入れたいという衝動です。

 

現在、外側の物質的な豊かさにはある程度満足し、“ワークライフバランス”や“男女均等”などの中間的な考え方が生まれ、“時間的な豊かさ”“心のゆとり”“自分の内面の豊かさ”などを求めるようになっています。

それは、充分“ある”という意識になったことの現れでしょう。

また、昔は男女の役割がはっきりしていましたが、男女の差がなくなってきているようです。“草食系男子”や“おっさん女子”という言葉もあるように、中性化していっているように感じます。

 

現在の地球には、統合のエネルギーが入って来ています。相対的な物・事がバランスよく存在していく世界となりつつあります。

 

今、世界中で起きている様々な出来事は、今までどちらか一方に傾きバランスが悪かった事柄に対して、バランスを取ろうという動きの現れです。今まで作り上げてきた物・事を守ろうというエネルギーと、今までの物・事を壊して新しい時代を創ろう、もっとバランスの良い世界を創ろうというエネルギーとのせめぎ合いが、様々な出来事として現れているのです。バランスを取る事で新しい発想や新しい可能性が生まれて来ます。

 

先月パリで起きたテロも、根を見てみると社会の格差から発生したものです。全ての人が受けるべき普遍的な権利としての食、住居、医療そして教育、それらの不平等に対する怒りのエネルギーが吹き出した出来事です。

そのテロで妻が殺されたジャーナリストが、テロリストに宛てた文章に「私はテロリストを憎まない。愛は最強。人を愛する自由は、テロリストには奪う事が出来ない。愛は世界の軍隊よりも強いのだ。」と書いてありました。

テロがダメだと排除する事は簡単です。でも、それは今まで人間が繰り返してきた過ちです。ダメだから排除する・・という意識は戦争を生みます。今必要なのは、テロリストを生む社会構造の根本的な変革です。それは愛を表現する意志のエネルギーからの行動で可能になります。

 

アインシュタインが相対性理論を発表して100年だそうです。

宇宙飛行士の山崎直子さんがアインシュタインについての記事を書いていました。

アインシュタインは娘にあてた手紙にこのように書いたそうです。

『現段階では科学が証明していない、ある極めて強力な力がある。この宇宙的な力は愛だ。世界を癒すエネルギーは光速の二乗で増える愛によって獲得することができ、愛には限界がないため、存在する最大の力は愛である。』

 

私たちに今、必要なあり方は、どちらが正しい・間違っている、良い・悪いという相対的な世界の両方を認める“統合の意識”へ移行し、愛を表現する意志のエネルギーを使うことなのではないでしょうか。



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“良い”“悪い”を超えた世界

東京は今、紅葉が真っ盛り。遠くに見える樹々が赤や黄色に染まり、パッチワークのような景色を作っています。その景色が目に飛び込んでくる度に、ため息がこぼれます。自然が創り出す色彩やそのバランスはいつも完璧で、自然の中にアートを感じる私です。

 

先日、こんな質問を受けました。

「比べることはいけないことですか?」

子ども達が

『〇〇くんは足が速くて、〇〇ちゃんは遅い』

という話をしていたところ、近くにいた他の大人が

『比べるのは良くないんじゃないの?』

とその子達に声を掛けた時、その話していた子どもの表情が曇ったそうです。

その事にひっかかり、疑問を抱いたようでした。

 

『比べることはよくない』というのはきっと、

『みんな違うのは当たり前で、そのことを受け入れるべき』とか

『人を比較して、評価するべきではない』

というところから来ているのでしょう。

この話によく似ているのは、少し前に話題になっていた、お遊戯会で全員“ももたろう役”とか運動会のかけっこで全員一等賞とか・・そういう類いです。

 

きっと、その話をしていた子どもにとっては、

「車と新幹線どっちが速いか?」と

「あの子とこの子、どっちが速いか?」

ということと同じで、単なる事実を話していただけかもしれません。

それが意地悪な言い方で、ネガティブなエネルギーがこもっている場合は別ですが、子どもの会話というのは、何の意味もなく話している場合も多いのです。

大人が曲がって受け取っていたり、概念で接していることが多々あります。

 

“多様性”という言葉を多く耳にするようになり、人はどこかで『多様性が良い』という解釈になっているのかもしれません。

“男女平等”“男女均等”という言葉も当たり前のように聞くようになりましたが、それが『良いことだから平等にする。男女の差を無くす』ということとも違います。

ただ、“多様”な世界なんだということ。

そして、“平等”という土台の上で自由に選択できる世界であるということ。

それが『良いこと』と言うより、『当たり前のこと』なのです。

 

 

認識力は、比較することで育ちます。

比べることで、自分が「どちらを選ぶか」という選択の基準ができます。

「実際にどうであるのか。」「何があって、何がないのか。」を観ることができる力・認識力は、比べることから始まります。

 

子どもが足の速さを比べることは、単なる競争心からとは限りません。

ただ、どちらが速いか、遅いかというだけで、それ以上の意味でもそれ以下の意味でもありません。

「あの子は足が速い(遅い)」

「あの子は背が高い(低い)」

「あの子は声が大きい(小さい)」

「あの子は編み物が上手(下手)」

など、これらのことは比べる対象があって、認識したことです。

それは、「良い」「悪い」という基準とは別のことです。

 

 

ザトウムシという全長3〜4センチのクモに似た虫がいます。

6本の足と2本の触覚はひょろっと長く、体は米粒ほどの大きさで、触覚で手探りをしながら、ヨロヨロと歩いている虫です。

ある時、子どもがザトウムシを捕まえると、足が一本取れてしまいました。

その子は、バランスが悪くなったザトウムシを見て、反対の足を一本取りました。すると、ザトウムシは残った足で必死に歩いていました。

その子は足を全部取るとどうなるんだろうと思ったのか、足を全部取ってしまいました。そして「うごかなくなっちゃった」と呟いていました。

この話を聞くと、残酷に思う人もいるでしょう。

『正しい事を教える』という人は、「どんなに小さな虫だろうと命は大切なんだ」と説くかもしれません。

私に見えていた事は、その子はただ「足を取って、こうしたらどうだろう」とやってみていただけ。その体験から何かを感じたことが、その子の言葉と表情から見て取れました。

『良いこと』とか『悪いこと』ではない、もっと深い体験をしたようでした。

 

大人は、『それが良いことなのか、悪いことなのか』という判断をしがちです。

ある人にとって『良いこと』も別の角度から見ている人にとっては『悪いこと』ということもあります。

その『良い』『悪い』の争いが、宗教戦争の元にもなります。

 

世の中には、絶対的な『良いこと』『悪いこと』がある訳ではありません。

「私は、何を大切にしている人なのか?」

「私は、何を選ぶ人なのか?」

という自分の“あり方”から、その時その時にする“選択”があるだけです。

その選択をするための認識力が、“比較”です。

 

そして、自分の選択とは別の選択をする人もいます。

『自分が正しい』とか『こっちの方が良いこと』なのではなく、いろいろな“世界観を持っている人がいる”ということが、“多様性”なのです。

 

 

『比べるのは良くないんじゃないの?』

と声を掛けた人も、その人の中で“平等”とか“多様性”について考えたり、勉強したりしているのかもしれません。

それは概念では理解している…という状態でしょう。頭で“理解する”ということは、大人にとっては簡単です。

理解した概念が、実際にその人の“あり方”に現れた時に初めて、“質”となります。

 

初めて自転車に乗る時、乗り方を説明されても乗れるようにはなりません。

実際にやってみて、初めて「乗れた!わかった!」と掴んだ時、その体験こそが概念の本質なのです。その概念の本質を掴んだ時、自分の“あり方”にも違いが出て来ます。

  

『正しい』『良い』と思う考えに出会った時、「その本質は何なのか?」を探究してみて下さい。

 “否定するための比較”ではなく、“認識力をつける比較”を手に入れる時、「良いか」「悪いか」を超えて“多様性”という本質に近づけると信じています。

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