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だからフィルター

新宿駅の人混みを抜け、ホッと一息ついて、駅のロータリーの方へ目を向けると、濃いピンク・薄いピンク・白に近いピンク、3色の花をつけたサルスベリの木がありました。子どもの頃からサルスベリの花が好きな私は、都会の雑踏の中で、一瞬にして癒された体験がありました。

 

 

先日、様々な問題を抱えている親子の話を聞きました。我が子を心配したお父さんの苦しみと悩みの話でした。

その苦しい状況から少しでも抜けられるようにと話をいろいろしていましたが、それを一緒に聞いていた他のお父さんが一言

「親子って言うのは難しいんだよ。親だから、割り切れないことがあるんだよ。」

と言いました。

私はこの言葉を聞いた時、言い訳や慰め、正当化、問題からの逃げを感じました。

そして、『あぁ、また“だからフィルター”だ。』と思いました。

私たちが掛けてしまいがちの“だからフィルター”…それは、

女だから…、男だから…

年をとっているから…、まだ若いから…

太ってるから…、痩せてるから…

お金がないから

忙しいから

仕事だから

などなど…いろいろな種類の“だからフィルター”をかけ、そのフィルターから物事を見ていて、そのままが見えていることは、ほとんどありません。

 

先述したエピソードの「親子だから、親だから難しい」という“親だからフィルター”は、ほとんどのお父さん・お母さんが持っている思考です。

親だから、放っておけない。

親だから、心配。

親だから、子どもの好きにさせておけない。

・・・と。

でも、その“親だから”は、子どもにとって重いこともあります。

そして、“親だから”という言葉を頭につけることで、“親だから・・親として・・どうしたらいいんだろう?”と自分自身を重くすることもあります。

 

 

大切なのは、

「今、自分はどんな“だからフィルター”をかけているのか。」

をキャッチすることです。

「“今”フィルターを掛けている」ということを知ることで、そのフィルターを外すか、そのフィルターをそのままかけるのか、選択することができます。

フィルターが悪い訳ではありません。フィルターから見ているという自分を知ることが大切なのです。

 

 

この“だから”という言葉は、感情と一般論や世間体という考えが入り交じっています。

ここで大切なことは、“親だから”としての感情や考えではなくて、“自分自身”の感情・考えはどうなのか?です。

 

「“親だから”と言っている自分は、どんな感情なのか?」

みぞおちの辺りがチクチクしたり、重くなったりするくらいの心配や不安

はらわたが煮えくり返るくらいの怒り

肩に何かがのしかかる様な責任感

どうしたら良いのかわからないという恐れ

…などがあるかもしれません。

 

「“親だから”と言っている自分は、どんな考えなのか?」

自分の子どもだから何とかしなければ…

普通は〇〇だから…

親であるからには、子どもを導く責任があるから…

親というものは〇〇だから…

などなど、頭の中で概念的に考えています。

 

そして、この“親だからフィルター”を外して、

目の前の子どもの“そのまま、あるがまま”を観て、聴いてみてください。

 

子どもはこの世に生まれたら、一人の人間です。

どんなに小さな赤ちゃんにも、意志があり、人格があります。

3才までが人格形成の時期…と言われていますが、すでに持って生まれた人格があります。

私が保育士になったばかりの時、おむつ替えで子ども達の個性を感じました。

0歳児クラスの約10人の子ども達、どの子にも同じようにおむつ替えをしても、嫌がる子、嫌がらない子…様々な子がいました。

ある時、じっくり一人ひとりを観察しながらおむつ替えをしてみました。

手際よく終わらせてしまうのではなく、じっくりと関わりながらおむつを替えると、それぞれの個性が見えて来ました。

そして、おむつ替えを嫌がる子のほとんどが、自分のやっていることを中断されて怒っている反応に見えました。

その反応に気づいたら、「おむつ替える?」とか「取り替えっこしようか?」などの子どもの気持ちを受け取るような言葉が出て来ました。

そのことで、スムーズにおむつ替えができるようになりました。

それでも嫌がる時は、「じゃあ、あとで替えようね。」と声をかけ、しばらくすると大体嫌がらずにおむつ替えをさせてくれました。

このように、まだ言葉を理解しないように見える0歳児の赤ちゃんにも、大人の気持ちが伝わり、意志もあるのです。その意志を尊重する“あり方”が大切で、その“あり方”が小さな子どもにも伝わるからです。

 

 

自分の子どもでも、子どもは親の所有物ではありません。

子どもにも感情があり、意志があります。

小さな子どもはなかなか表現できませんが、どの子の中にもそれはあります。

どんな気持ち・感情・身体の感覚があるのか?

ということを、私たち大人が観察し、汲み取り、その子どもの中に“あること”をそのままにする…ということが、“あるがまま”であるということです。

 

“あるがまま”を観る・聴くときは、質問攻めにしないことが大切です。

1415才くらいまでは、“感覚”で自分の感情などを捉えます。

それまでは、言葉にさせるということはあまり必要ありません。

言葉にしようとすることで、その“感覚”ではなく、「こう言った方がいいかな・・」「何か正しい答えを見つけないといけないのかな・・」というような“思考”に意識が向いてしまうからです。

 

いろいろな感覚がある。

いろいろな感情がある。

それをただ“ある”と認めるだけなのです。

その感覚・感情は、良いも悪いもなく、ただ存在しています。

 

これは、大人にも当てはまることです。

“だからフィルター”をかけてしまうと、自分自身の感覚・感情にフタをしてしまいます。

“だからフィルター”をかけることで、自分自身のあり方ではなく、“〇〇だから”という、どこかで作り上げられたイメージのあり方になってしまいます。

 

〇〇だから、いや〜な感情がある。

〇〇だから、めんどくさいんだ。

〇〇だから、動揺している。

・・・と、自分の“あるがまま”も認める。

 

 

子どもの“あるがまま”と自分の“あるがまま”で向き合えた時、次のレベルの人間関係が生まれます。

その新しいゾーンで、真っ白なキャンバスにどんな絵が描かれるか?

子どもと自分、そしてその世界を共有する周りの人々によって…

その絵は、今までに見たこともないような、新しい表現でしょう。



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