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2015年8月

静かな時間をもつ

先日、淡い色の夕焼けに見とれて歩いていると、ピンク色の雲と薄い水色の空を背景に、遠くの森が影絵のように浮かび上がっていました。

真っ黒い影のその樹々の姿は、葉の一枚一枚が見える訳ではないけれど、切り絵のように繊細でした。

淡い夕焼けがあってこその濃い黒い影・・そのコントラストに心を奪われたひと時でした。

 

 

「なんだか今日は何も手につかないなぁ・・」

「今日は忙しいのに何一つ終わってない」

「忙しい日に限って、子どもがぐずる・・」

・・・という経験はありませんか?

気持ちだけが焦っていて、なかなかやる事が進まない…ということが誰にでもあるようです。

 

私は以前、保育園のお昼寝中によくこういう体験がありました。

子ども達を寝かしつけている時、自分の頭の中では

3040分経てば子ども達は寝始めるだろう。そうしたら、あの書類を作って、〇〇さんと話して、△△もできたらやってしまいたいな・・」

などと思いながら、子どもの横にいる・・でも、その日に限って子ども達はなかなか寝入らず、隣の子と突き合って興奮し始めたり、眠いけど眠れずに泣き出し、眠りそうだった子も目が覚めて泣き出したり…。

『早く寝て欲しい』『やる事が沢山ある』と頭の中で色々考えている時ほど、なかなか眠ってくれないものです。

そして、眠らない子ども達にイライラし始めると、なおさら寝ない・・という悪循環が起きる事がありました。

 

 

『忙しい』と言っているときは、自分を客観的に観ることができなくなっている事が多いようです。

『忙しい』という言葉で、気持ちがそわそわしたり、焦ったり・・

実際にやることが見えていないケースが多々あります。

実際にやることが見えているというのは、「まずはこれをやり、次にこれをやる。そして、〇〇が△時までで・・」と具体的な計画ができているということです。

『忙しい』という言葉には、「やることがいっぱい」という感覚と焦りや強迫観念があります。

“忙中閑あり”(ぼうちゅうかんあり)という、“どんなに忙しい中にでもわずかな暇がある”という言葉があるように、そのわずかな暇・隙間を体験できた時、心の余裕が生まれるのだと思います。

 

 

“頭の中がうるさいなぁ・・”

“色々なことに振り回されている気がする”

“忙しくて仕方がない”

という時におすすめなのが、意図的に静かな時間をもつということです。

忙しい、落ち着かない、焦っている…このような時にこそ、静かな時間を持つことによって、頭と心のリセットができます。

1日5分でもその時間をもつことで、心の余裕が生まれます。

 

おすすめの方法は、自分の呼吸を観察することです。

静かに、リラックスして、眉間に意識を向けます。

そして、眉間から、ゆっくり息を吐く・・ゆっくり息を吸う・・というように、眉間でゆっくりと呼吸をするイメージをします。

始めは5分間。慣れて来たら10分間。

長時間行う必要はありません。最長でも15分間を限度としてください。

集中できるように、タイマーをセットしておくと良いです。

 

やってみると、始めに気づくのは、自分の頭のうるささかもしれません。

「今日の夕食のおかずはどうしようかしら・・」

「今日はあれもやって、これもやって・・」

「そういえば、あのことはどうなったかな・・」

などなど、頭の中の思考は止まりません。

その思考を追いかけてしまうと、どんどんストーリーの中に入り込んでしまいます。

そのことに気づいたら、また意識を眉間に戻し、眉間でゆっくり息をしながら、その呼吸を観るだけです。

ただ思考が流れているだけ・・後ろで音楽が流れているかのように、ただ流しておくだけにします。

 

5分〜15分経ったら、ゆっくり意識を身体に戻しながら、自分の手をこすって、感覚を体に戻します。

 

「子どもにイライラしてしまってどうしたら良いかわからず、トイレにしばらく閉じこもった。」

という話をよく聞きます。

そんな時こそ、トイレのフタに座って、眉間に意識をおいて、ゆっくり呼吸をする・・を試してみてください。

心がリセットされて、少しずつ“隙間”ができるようになってきます。

 

 

最近はヨガが流行っていたり、ビジネスマンの間でも瞑想が流行っていたりと、心の静けさを求める人が増えているように感じます。

ヨガ教室に行かなくても、お寺に行ったりしなくても、簡単に静かな時間をもつことはできます。

このちょっとした静かな時間を持ち、静けさを自分に与えるだけで、“忙中閑あり”の“閑”を体験できるのではないでしょうか。

 

頭の中の思考もエネルギーです。そのエネルギーを正しく使えるようになることによって、余計な事にエネルギーを注がず、心身の健康を保つようなエネルギーの循環が始まるのです。



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存在(Be)としての成長

ある公園を歩いていると、大きな樹の枝がボッキリと折れていました。普通の樹の幹くらいの太い枝が、雷に打たれたのか、自分の重みに絶えきれなくなったのか、枝の根元から折れて枝全体が地面についてしまっていました。

ふと他の樹を見ると、同じように太い枝が張り出していました。この枝も折れるかなという心配が出て来たすぐ後に、でもこの枝折れる前に切られるかもしれないということも出て来ました。安全という名の元に、先回りした対策がされないことを祈った私でした。

 

 

以前の職場で、いつもニコニコしている女性の同僚がいました。私は「どうしていつもそんなにニコニコしていられるの?イライラしたりしなそう。私も〇〇さんみたいになりたい」と言うと、「顔が生まれつきこういう顔なだけよ。私もイライラすることあるよ」とその女性。その応えに、“え〜私とはレベルが違うのだろうな”と思いました。

 

あり方(Be)とはこういうものです。

真似したくても真似できない。

あの人みたいになろうと思っても、なかなかなれないものです。

 

保育士2年目の時、自分のクラスの子どもを静かにすることができずに、イライラしていると、隣のクラスの先生の笑い声が聞こえてきました。

どうしたら、あんな風に楽しく保育できるんだろう・・

私はその先生のやり方を真似してみたり、その先生にやり方を聞きに行ったりしました。

真似しているうちに少しは近づけた気がしましたが、やはり頑張って真似をしていたので、自分に無理があり、続きませんでした。

私はその先生をお手本にただやみくもに試行錯誤(しているつもり)でした。

 

あの人みたいになりたいなぁ。

もう少し穏やかな人になりたいなぁ。

もっと活発にチャレンジできる人になりたいなぁ。

社交的になりたいなぁ。

・・など、このような願いはすべてあり方(Be)です。

やり方(Do)ではないので、どんなに仕草を真似たり、似たようにやってみたりしてもなかなか近づけません。

 

でも、“〜になりたい”が出て来たら、それはチャンスです。

そのなりたい自分になったときの感覚はどうか、感情はどうか・・

そのなりたい自分だったらどう考えるか、どういう言葉を発するだろうか・・

と、イメージをしてみるのです。

具体的なイメージが湧かないときは、“ほんわかした感じ”とか“シャキッとした感じ”などというイメージでも構いません。

そして、今度はそういうあり方の自分として、行動してみます。

あぁかな・・こうかな・・と試行錯誤しながら、手に入れたい自分、Be(あり方)のレベルの自分を探究してみる事が大切です。

 

自分のあり方を観て、自分自身と取り組んでいるうちに自然と手に入れたい自分になっている・・ということが起きて来ます。

「なんかママ、最近にこにこしてるね」

「なんか雰囲気変わったね」

「なんか最近楽しそうね」

などと、身近な人が気づいてくれることがあります。

Be(あり方)のレベルでの変化は自分ではあまり気づきません。

人に気づいてもらえた時、きっと心の底から嬉しさを感じるでしょう。

それが、成長の喜びなのです。

 

 

私は最近、プールに通っています。実は子どもの頃に溺れた経験から、水が怖くて泳げなかったのです。でも、急に楽しく泳げるようになりたいと思い立ち、泳ぎの指導を受けました。

先生は丁寧に泳ぎ方のポイントを教えてくれ、一つひとつに「いいですね〜、では次」というようにレッスンが進みました。そして徐々に泳げるようになっていく自分が楽しくて、だんだん水も怖くなくなり、自分が水に浮かんでいることが不思議で面白いと思うようになりました。

そして、一人で練習をしている時、同じプールで泳いでいたおじいさんが

「あんた、きれいな泳ぎ方するねぇ〜」と誉めてくれたのです。

自分ではまだ自信がなかったので、とっても嬉しくて「ありがとうございます!」と素直に喜んで、お礼を言っている自分がいました。

その後の泳ぎは、今までで一番上手に泳げました。

そのおじいさんの言葉に引っ張られ、自分の泳ぎが“きれい”になったと実感できた体験でした。“きれい”は努力してやれることではないのです。

 

子どもを誉めるということは、こういうことなのだと思います。

“子どもは誉めて育てる”と言って、むやみに誉めたり、大して良いと思っていない事を大袈裟に誉めたりということは、やり方(Do)になっているので、あまり意味がありません。

誉める側のあり方(Be)が、本当に子どもの姿に感動があり、子どもの成長に喜びがあるとき、誉めた言葉は子どもに入り、その言葉に引っ張られて、さらに伸びて行くのではないでしょうか。

 

「何事にも動じない」とか「優しさがある人」とか、“手に入れたいあり方”を探究し始め、取り組んで行く中で、そのプロセスを楽しんでみてください。

取り組んでいる最中の自分を観て

今、なれたかもしれない・・

今、イマイチだったなぁ・・

今、少しなれてる・・

そして、また次へ進む・・これが練習です。

内的な成長の筋トレなのです。

このようにBe(存在)のレベルに取り組んで行くと、自然と自分を取り巻く世界も変化していきます。

成長する自分を信じて、楽しみながら取り組んでみて下さい。

そして、Be(存在)のレベルの成長を、喜べる自分を喜んでみてください。

すると、世界・社会の存在のレベルも底上げされてくるのではないでしょうか。



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肯定的な体験が創る肯定的な世界

いつも通る道沿いに、派手なピンク色の花をつけているサルスベリの木と名前はわからないけれど南国に咲いていそうなオレンジ色の花をつけている木が並んでいます。強い陽の光と青い空がその花たちを引き立て、そこを通るだけでも南国気分が味わえ、ちょっと嬉しくなる私です。

 

 

「あなたがやりたいと思うことだったらやりなさい」

これは私が小さい頃から母に言われて来た言葉です。

ピアノを習いたいと言った日。

バレーをやりたいと言った日。

幼稚園の先生になりたいと言った日。

その度にその母の言葉を聞き、「私は本当にやりたいのかな」と自問自答したことを鮮明に覚えています。

バレーはただチュチュを着てみたかっただけだという事に気づいて、やめましたが、ピアノは習いました。

ピアノはレッスンに行く度先生に叱られ、おまけに練習嫌いで、母は「嫌ならもうやめたら?」と言いましたが、私はなぜかやめたくないという思いでなんとか小学校3年から中学1年まで続けました。

幼い子どもでも、自分で選択した事は簡単にはやめないものなのだと、今保育の現場で見ていても確信があります。

 

ピアノは好きでした。でも先生が嫌いでした。それは「この子は出来ない子」として扱われていることを私は知っていたからです。このピアノの先生との関わりは、肯定されていないという体験でした。

記憶している最初の肯定された体験は、母の「あなたがやりたいと思うことだったらやってみたら」という言葉です。

 

人は自分を肯定されていると、実力以上の力を発揮するのではないかと思います。

先のピアノの先生のように始めから「ダメだ」と決めつけていると、子どもは自分の能力に自信が持てなくなり、「ダメな子」を演じてしまい、負のスパイラルに入ります。人から言われたネガティブな事を自分にも言い聞かせてしまうのです。

 

 

“自己肯定感”という言葉が多く聞かれるようになりました。

“自己肯定感”がない子にどのように“自己肯定感”を持ってもらうか。ということをテーマに、様々なプログラムがあります。

 

学生の時に「自分に自信があるでしょ?」と言われ、私にはその意味がわからず戸惑ったことがあります。「自信あります!」というように生活していた訳でも、特別なことをしていた訳でもなく、ただ楽しく過ごしていた私だったので、そんな風に言われ驚き、その時の私は、自信があるように見えることが悪い事のように聞こえてしまいました。

本屋へ行けば、「自信をつける方法」や「自分に自信を持つ方法」などの本で溢れています。自信が欲しい人が世の中に溢れているということです。

「自信があるでしょ?」と言って来た友人も「自信がほしい」と思っていたのかもしれません。

 

“自信”は“自分を信じる”ということ。

自分を信じるということの根底には大切な事があります。

それは、“世界への信”です。

“信”とは、“信じる”や“信頼する”というやり方(Do)ではなく、深い深い自己承認(自己肯定)や深い深い信頼があるというあり方(Be)です。

どんな自分であっても受け入れてくれる世界がある

どんな自分であっても認めてくれている社会がある

どんな自分であっても理解してくれている家族がいる

どんな自分であっても見守ってくれている大人がいる・友人がいる・人がいる・・

 

この自分を取り巻く“世界への信”があるから、自分への“信”に繋がります。それこそが、真の自己承認・自己肯定感なのです。

 

 

子どもが成長するスピードはとても早く、その成長過程での環境がその後の人生を大きく左右します。

“世界への信”を育むには、私たち大人はどうであったらよいのでしょうか。

私たち大人こそが“世界への信”を育む必要があるのだと思います。

大人になるにつれ、成長するスピードが遅く、ゆっくりになります。

それでも、“私は成長するんだ”と選択をした時点で、自分の内的な成長を認識できるようになります。

発達心理学の定義に、「人は誕生から死に至るまで発達し続ける」とあります。

外的な成長・発達が終わり、大人になると内的な成長・発達になります。

 

 

全ての人が“世界への信”を持った世界は、“肯定的な世界”となります。

肯定的な体験を積み重ねることによって、肯定的な世界が生み出されるのだと思います。

 

子育てが苦しいと感じたその瞬間

人との関わりに壁を感じたその瞬間

どうして自分だけが・・と感じたその瞬間

 

思い出して下さい。

世界はあなたを受け入れています。

世界は肯定的です。

世界を信じてみて下さい。

そのことが次の一歩を踏み出すきっかけとなるでしょう。

自分自身を観る・・世界への信を持って。

一緒に成長していきましょう。


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教育の目的

猛暑が少し和らいで、人も植物もホッとした様子。夏の終わりを感じ少しだけ寂しくなっている私の耳に、リリリ・・と静かに虫のこえ。もう秋の気配がしてきました。

 

 

先日、“児童の権利条約”という1989年に国連総会で採択された、子どもの権利を守るための条約の原文と解説文を読みました。その条約の内容は、今も全く古びる事なく、むしろ日本の教育者はもう一度ここに立ち返る必要があるのではないか、と思いました。

それは、先進国にいる子どもや国連の加盟国だけのことではなく、地球全体の児童に対する条約でした。まさに、人類がひとつの家族という考え方だと感じました。

 

教育や子どもの成長・発達に関して、この条約は素晴らしいことがたくさん書いてありました。

生命とは受胎の時点から始まり、その時点で生命・発達の権利が生まれるのです。生命を大切にするという根本的なことが表現されています。

そして、発達のための生活水準も条約で定められています。その発達という言葉は、身体的・精神的・道徳的・社会的な分野を指します。その中で精神的と日本語訳されている点について、原文では、mental(メンタル)とspiritual(スピリチュアル)とありましたが、日本語訳の方ではスピリチュアルが抜けてしまっていました。

ここが抜け落ちていることに、私は問題を感じました。

 

スピリチュアルと聞くと、占いや心霊・宗教のようなイメージを抱きやすいのが日本人の特徴なのではないでしょうか。

本来スピリチュアルというのは、自己の内面の奥深い部分や魂の分野のことを指します。その分野を通してこそ、人生においての存在意義やこの世に生まれた事の意味を知ることができるのです。それは、単なるメンタル(思考)の発達だけではなく、人間の存在自体を探求する霊性(spirituality)の発達のことなのです。

世界には様々な宗教があり、その中で命の大切さ、魂に関しての思想や霊性の教育があるのです。

日本で宗教と聞くと、新興宗教のように特定の神様がいて、その神様を信じるというイメージもあるでしょう。

でも本来は、先人達の教え(キリストや仏陀、クリシュナなど)をヒントに、自分を深く見つめ、人類が進化していくという、霊性の成長が目的なのです。

 

最近、この霊性の成長・内面の成長を求めている人が増えていると感じます。その人達は、お金・物・地位・名声などの表面的なものに価値を感じず、心の豊かさや内面の成長を求めているようです。

今までの日本の教育は、高学歴・良い職・沢山のお金や物を手に入れるための教育になっています。

その教育に違和感を感じている子どもが増えていることは間違いありません。

不登校児や引きこもり・ニートの子ども達というのは、その違和感に正直なのではないでしょうか。こうした子ども達は、今までの“手に入れる教育(Have)”ばかりに目が向いている社会が生み出しました。

大切なのは、自分を深く見つめ、“どうであるか”という“あり方(Be)”を手に入れるための教育です。

“結果(Have)”が重要なのではありません。

“行動(Do)”している時の自分の“あり方(Be)”はどうなのか。

それを知ること、認識することが、成長のきっかけでもあるのです。

 

 

胎内記憶の研究をしている池川明先生によると、胎内記憶を持った子ども達に「どうして生まれてきたの?」と聞くと、ほぼ全員が「人の役に立つため」と答えたということです。

きっと私たちも「人の役に立つため」ということを決めて生まれて来ているのでしょう。

その大切な目的が、競争させるような教育で個人の成果や勝ち負けにすり替わり、自分がどれだけ沢山持つか、という結果(Have)に目が向くように教育してしまっているのではないでしょうか。

 

 

児童の権利条約の「教育の目的」に、つぎのことが書かれています。

(a) 児童の人格、才能並びに精神的及び身体的な能力をその可能な最大限度まで発達させること

(b) 人権及び基本的自由並びに国際連合憲章にうたう原則の尊重を育成すること

(c) 児童の父母、児童の文化的同一性、言語及び価値観、児童の居住国及び原住民である者の間の理解、平和、寛容、両性の平等及び友好の精神に従い、自由な社会における責任ある生活のために児童に準備させること

(d) 自然環境の尊重を育成すること

 

 

この教育の目的は、子ども達の生まれて来た目的を侵さないものです。

子ども達が、世界のため、地球のために活躍できるようなベースを培うのが教育の目的です。

 

そして、厚労省から出ている「保育所保育指針」にも保育所における保育の目標につぎのことがあります。

「子どもが現在を最も良く生き、望ましい未来をつくり出す力の基礎を培う」

このような素晴らしい目標が私たちにはあります。

子どもに関わる私たち大人が、こうした原点に立ち返り、未来を創り出す子ども達を育くむことが、私たち大人の責任です。

 

様々な問題が噴出している今だからこそ、大人は子どもと一緒に未来を創っているという意識を持ち、子育て・保育・教育に臨む必要があるのではないでしょうか。



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意識的にエネルギーを扱う

ある公園の前を通ると「きゃ〜きゃはは・・」子どもが噴水の中で水遊びをしていました。水がビュ〜っと出るたびに声を挙げるその子どもの姿に、思わず笑顔になりました。そして、その噴水の周りの青々とした樹々が、青い空に映え、夏の涼を感じた私でした。

 

 

先日新聞に『子どもってわけわからん』という子育て相談コーナーがありました。

「子どもが勉強をしなくて困っている。勉強をしないで困るのは子どもだから、どうにかあの手この手で勉強をさせようと思っているが、なかなか子どもがやる気にならない。集中力・持続力のない我が子に困っている。」といった内容でした。記事の全体を読むと、親が何とか子どもに勉強をさせようと、色々な手を使っているけれど、子どもは“やらされている”という状態であることがわかりました。勉強をさせたい親とやる気にならない子どもという構図です。

“子どもは大人の思い通りにならない”=“子どもってわけわからん”というこの記事のタイトルが面白いと感じました。ちょっと俯瞰しているようにも、手放しているようにも聞こえて来ます。

「勉強をしないと将来に響くから、とにかく勉強して欲しい」と、子どもの将来を先回りして心配している大人をよそに、「つまんない。やりたくない。」と一向に勉強をしようとしない子どもの姿は“わけわからん”のでしょう。

 

こうした“わけわからん”ことは、子どもが赤ちゃんの時から起きています。でも、赤ちゃんの頃は、親の「こうさせたい」よりも、子どもが「これができた。こう育った。」という新しくできたことに親の目が向いているので、“わけわからん”は、“面白い・かわいい”という言葉に置き換えられていたのでしょう。

 

子どもの発育は興味と共に変化していきます。

例えば、一日の大半を寝て過ごしている赤ちゃんは、お母さんの声がする方を向きたいという心理から、寝返りが出来るようになる・・という理論があります。

成長の源には、自発的な興味や関心があるということがわかります。

このように、本来子どもは、興味や関心を持つからやってみようという成長に繋がる心理が働き、成長・発達していく存在です。

“子どもの育つ力を信じている”というあり方の親であれば、子どもが選ぶことを尊重するのではないでしょうか。

 

子どもを変えることはできませんし、変える必要もないのです。

そして私たちは自分自身しか扱えません。

これは、子どもに限らず、人との関係では、同じなのではないでしょうか。

大切なのは、自分を観ること。

今“先回りして心配”して言葉を発しているなぁ。

今“自分の思うようにして欲しい”と思っているなぁ。

今、あの人のこの一言にイライラしてるなぁ。

今、あのやり方について気に入らないと思っているなぁ。

・・と、自分の頭の中の言葉に気づくことがまず第一歩です。

 

“子どものため”“人のため”“会社のため”と言いながら、実は“自分のため”に相手をコントロールしようとしているということもあります。

その思考は、相手のことではありません。

自分のことなのです。

 

また、その“気に入らないこと”に関していつまでもエネルギーを注いでいることもあります。“自分がさせたいこと”“相手の気に入らないところ”などにエネルギーを注いでいると、そのことが強化されてくるので、より問題が大きくなり、そこに対する執着も強くなってくるものです。

 

 

以前、イベントで預かった子どもで挨拶をしても返さない子がいました。

「おはよう!」と言ってもチラッとこっちを見て、別の方に向いてふてくされている様子でした。どうしたものか・・と思って、話しかけたり、気にかけたりしていました。

うんともすんとも言わないその子に、振り向かせようと躍起になっている私がいました。

でも、「この子はこのままでいい。そして、私はこのイベントを楽しもう。」と思った時、“その子をどうにかしよう”としていたエネルギーは、自分に戻りました。

その子のことを気にせずに過ごしていたら、いつの間にかその子も笑顔になって、帰りには普通に話をし、笑い合うことができていました。

 

執着することで、エネルギーを注ぎ、強化してしまうということがあります。

エネルギーを外へ向けず、自分に戻した時、自然と改善されていくものなのです。

“自分は今、何に・どんなエネルギーを注いでいるのか。”

そのことを意識するだけで、自分の思考と感情がコントロールできるようになってきます。

無意識ではなく、意識的に過ごすようになると、自分の人生が生き生きと現れて来るのではないでしょうか。

 

私たち一人ひとりが、意識的に生きるということは、一つひとつの出来事に責任を持ち始めることでもあります。

エネルギーを注ぐべきところへ注いでるという意識的な人が、この地球の未来を創っていくのだと思っています。



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