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存在(Be)としての成長

ある公園を歩いていると、大きな樹の枝がボッキリと折れていました。普通の樹の幹くらいの太い枝が、雷に打たれたのか、自分の重みに絶えきれなくなったのか、枝の根元から折れて枝全体が地面についてしまっていました。

ふと他の樹を見ると、同じように太い枝が張り出していました。この枝も折れるかなという心配が出て来たすぐ後に、でもこの枝折れる前に切られるかもしれないということも出て来ました。安全という名の元に、先回りした対策がされないことを祈った私でした。

 

 

以前の職場で、いつもニコニコしている女性の同僚がいました。私は「どうしていつもそんなにニコニコしていられるの?イライラしたりしなそう。私も〇〇さんみたいになりたい」と言うと、「顔が生まれつきこういう顔なだけよ。私もイライラすることあるよ」とその女性。その応えに、“え〜私とはレベルが違うのだろうな”と思いました。

 

あり方(Be)とはこういうものです。

真似したくても真似できない。

あの人みたいになろうと思っても、なかなかなれないものです。

 

保育士2年目の時、自分のクラスの子どもを静かにすることができずに、イライラしていると、隣のクラスの先生の笑い声が聞こえてきました。

どうしたら、あんな風に楽しく保育できるんだろう・・

私はその先生のやり方を真似してみたり、その先生にやり方を聞きに行ったりしました。

真似しているうちに少しは近づけた気がしましたが、やはり頑張って真似をしていたので、自分に無理があり、続きませんでした。

私はその先生をお手本にただやみくもに試行錯誤(しているつもり)でした。

 

あの人みたいになりたいなぁ。

もう少し穏やかな人になりたいなぁ。

もっと活発にチャレンジできる人になりたいなぁ。

社交的になりたいなぁ。

・・など、このような願いはすべてあり方(Be)です。

やり方(Do)ではないので、どんなに仕草を真似たり、似たようにやってみたりしてもなかなか近づけません。

 

でも、“〜になりたい”が出て来たら、それはチャンスです。

そのなりたい自分になったときの感覚はどうか、感情はどうか・・

そのなりたい自分だったらどう考えるか、どういう言葉を発するだろうか・・

と、イメージをしてみるのです。

具体的なイメージが湧かないときは、“ほんわかした感じ”とか“シャキッとした感じ”などというイメージでも構いません。

そして、今度はそういうあり方の自分として、行動してみます。

あぁかな・・こうかな・・と試行錯誤しながら、手に入れたい自分、Be(あり方)のレベルの自分を探究してみる事が大切です。

 

自分のあり方を観て、自分自身と取り組んでいるうちに自然と手に入れたい自分になっている・・ということが起きて来ます。

「なんかママ、最近にこにこしてるね」

「なんか雰囲気変わったね」

「なんか最近楽しそうね」

などと、身近な人が気づいてくれることがあります。

Be(あり方)のレベルでの変化は自分ではあまり気づきません。

人に気づいてもらえた時、きっと心の底から嬉しさを感じるでしょう。

それが、成長の喜びなのです。

 

 

私は最近、プールに通っています。実は子どもの頃に溺れた経験から、水が怖くて泳げなかったのです。でも、急に楽しく泳げるようになりたいと思い立ち、泳ぎの指導を受けました。

先生は丁寧に泳ぎ方のポイントを教えてくれ、一つひとつに「いいですね〜、では次」というようにレッスンが進みました。そして徐々に泳げるようになっていく自分が楽しくて、だんだん水も怖くなくなり、自分が水に浮かんでいることが不思議で面白いと思うようになりました。

そして、一人で練習をしている時、同じプールで泳いでいたおじいさんが

「あんた、きれいな泳ぎ方するねぇ〜」と誉めてくれたのです。

自分ではまだ自信がなかったので、とっても嬉しくて「ありがとうございます!」と素直に喜んで、お礼を言っている自分がいました。

その後の泳ぎは、今までで一番上手に泳げました。

そのおじいさんの言葉に引っ張られ、自分の泳ぎが“きれい”になったと実感できた体験でした。“きれい”は努力してやれることではないのです。

 

子どもを誉めるということは、こういうことなのだと思います。

“子どもは誉めて育てる”と言って、むやみに誉めたり、大して良いと思っていない事を大袈裟に誉めたりということは、やり方(Do)になっているので、あまり意味がありません。

誉める側のあり方(Be)が、本当に子どもの姿に感動があり、子どもの成長に喜びがあるとき、誉めた言葉は子どもに入り、その言葉に引っ張られて、さらに伸びて行くのではないでしょうか。

 

「何事にも動じない」とか「優しさがある人」とか、“手に入れたいあり方”を探究し始め、取り組んで行く中で、そのプロセスを楽しんでみてください。

取り組んでいる最中の自分を観て

今、なれたかもしれない・・

今、イマイチだったなぁ・・

今、少しなれてる・・

そして、また次へ進む・・これが練習です。

内的な成長の筋トレなのです。

このようにBe(存在)のレベルに取り組んで行くと、自然と自分を取り巻く世界も変化していきます。

成長する自分を信じて、楽しみながら取り組んでみて下さい。

そして、Be(存在)のレベルの成長を、喜べる自分を喜んでみてください。

すると、世界・社会の存在のレベルも底上げされてくるのではないでしょうか。



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