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心(霊性)の育み

先日の夕方、街中を歩いていると、ビルの窓が真っ赤な夕焼けで染まっていました。ぱぁっとひらけた場所で空を見ると、沈みかけた太陽の光を受けた薄い雲が、サーモンピンクに光って水色の空の上に浮かんでいました。空全体に何とも言えない淡い色のグラデーションが描かれていました。

夜はどこから来るのかなぁ・・と思いながら見とれていた私に、一つの星が輝いて、夜の到来を知らせてくれました。

 

 

先週、ドキュメンタリー映画『ダライ・ラマ14世』を観ました。

ダライ・ラマ法王を6年間追いながら、法王の背景や大切にしている想いとチベット仏教についてなどが描かれていました。その中でも印象に残ったことは、教育についての場面でした。

映画の中で、インタビュアーが「勉強は好き?」「どうして勉強をするの?」と、チベットの子どもたちに質問をすると、「好き」「社会の役に立つ為に勉強は大切」と目をキラキラさせながら、即答でした。

日本人はというと「嫌い。無理。」「しなくちゃいけないから。就職するために」…とネガティブな答え。この差は歴然でした。

 

また、チベットの子ども達に「今欲しいものはなに?」という質問を投げると、6才くらいの子から高校生くらいの子、全員が「ない。私は恵まれているから」と答えていました。小さな子まで、現状に感謝をしている姿が心に染みました。

“足るを知る”ということが、教育の中できちんと育まれているのでしょう。

 

これらの質問の場面から、本当に“教育”の大切さを感じました。

映画に出て来た子ども達のあり方に違いがいくつか見られました。

チベットの子ども達は、

・勉強をすることに喜びがある

・社会の一員であるという意識を持っている

・自分の意見を持ち、自分の言葉で話せる

・利他的である

・日常の生活に感謝があり、自分にも他者にも愛がある

 

日本人は、

・勉強は必要だから、しなければならないという意識

・“自分”で考えないで、人に答えを求める

・利己的である

・今の社会に“諦め”があり、大人になりたくない、未来に可能性が感じられないという将来に夢がない意見が多い

・自分が社会の一員であるという意識が低い

 

日本人へのインタビューが、映画の制作者の意図でネガティブな言葉を取り上げているということを加味しても、やはり根本の違いを感じました。

その違いはきっと、“教育”だと思います。

 

「心の教育(霊性の教育)と現代の教育(現実的に必要な知識)の両翼があって、初めて飛べる…」

という話が映画の中で出て来ました。

物質的な豊かさの為に・・ということの上に、今までの日本の教育が成り立って来たと思います。そして今でも、良い学校へ行く為、お金を稼ぐ為に必要な知識や教育が重視されているのではないでしょうか。

日本で起きている “いじめ” “不登校” “自殺” “うつ” などの問題に対処するには、『心(霊性)の教育』が今こそ必要なのだと思います。

 

『心(霊性)の教育』=“宗教を学ぶこと”ではありません。

それは、自分の心の探求に始まり、自分の感情・考え・体の感覚などを自分で知ることがまず第一歩なのです。

今、自分は怒っているな・・

今、自分は妬んでいるな・・

今、緊張して体に力が入っているな・・

これらを知ることで、感情をコントロールできるようになり、考えを自分の言葉で表現できるようになって、自分で自分を受け入れられるようになるのだと思います。これが、真の自己肯定感・自己承認なのでしょう。

 

『心(霊性)の教育』が必要なのは、子どもだけではありません。

先ほどの映画に出て来るダライ・ラマ法王への日本人の質問の多くは、

「日本には(自分の周りでは)△△という問題がありますが、どうしたら良いか教えて下さい」でした。

それに対し、ダライ・ラマ法王の応えは、

I don’t know. I’m not you.(わかりません。私はあなたではないから)でした。

 

「どうしたら良いか?」という質問の答えは、私たち一人ひとりの中にあるのです。

今の教育は、何かの知識を“教え”“覚える”ことに重きが置かれています。

でも、本当に大切なのは、“自分で考える”“自分の意見を述べる”という教育なのです。

その為には、自分を知る為の探求と静かに自分を見つめる時間(瞑想・黙想)を持つという『心(霊性)の教育』が必要なのかもしれません。

そして、「自分は誰か?」「自分はどういう人間なのか?」を探求することが、自分の命や他人の命を尊ぶことに繋がるではないでしょうか。

 

 

この映画の中でのダライ・ラマ法王の明るさと軽さが印象的でした。

中国に「ダライ・ラマは悪魔だ」と言われても、悪魔の真似をして笑い飛ばすダライ・ラマ法王。その姿から、一つひとつの出来事…良い事も悪い事も、深刻になることなく、受け入れることの強さと大きさを感じました。

そして、「日本の人は視野が狭い。もっと世界に目を向けなさい。もっと視野を広ろげることが必要です。」という日本人へのメッセージが心に響きました。

 

私たちは、自分のこと・自分の家族・自分を取り巻く環境などには敏感に反応し、悩み、試行錯誤を繰り返します。

でももし、もっと視野を広ろげ、高い意識を持ったならば、目の前に立ちはだかる壁も、実は低い壁かもしれません。

 

『私は何者なのか?』『なぜこの世に生まれて来たのか?』

人間の根本となる質問を繰り返し探求することが、大人の私たちにも必要なのではないでしょうか。

子どもだけでなく、大人にも『心(霊性)の育み』が大切なのかもしれません。

一人ひとりの心が豊かになれば、信頼する心・慈しむ心・愛が自然と体現される社会になると思います。


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