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頭の中の会話

風鈴を買いました。窓際に吊るすと、チリン、チリン…風に吹かれて時折響くその涼しげな音に耳を澄ますと、遠くにセミの声。

風鈴の音にセミの声…そして田園風景と青い空、縁側とスイカが思い浮かびました。心のふるさとが私にもあるようです。

 

 

駅でこんな男性を見かけました。

「あぁ、暑い暑い…なんでこんなに蒸し暑いんだ…あぁ、暑い暑い…あぁ(電車は)まだかよ…あぁ、暑い暑い…」と、ずっとつぶやいているのです。

大きな声ではなく、感情的になっている様子でもありません。ただ頭の中で呟いている言葉が勝手に口から出て来ている様子でした。

私はその人の様子を見て、思わず「ふふ・・」と笑ってしまいました。すると、近くにいた人に「なに?」と言うように見られました。

私も頭の中で考えていたことが表に出てしまった瞬間でした。

 

人はこんな風に、表には出さないかもしれませんが、いつもいつも頭の中では何かを言ったり、考えたりしています。瞑想をすると“雑念が・・”などとよく言いますが、この頭の中のつぶやき・独り言は止まりません。

「何も考えてはいけません」と言われると、頭の中では“何も考えないってどういうことだ?”“真っ白ってことかな”“白を思い浮かべればいいのかな…”という具合に独り言が始まります。

意味のない考え、何かへの批評・批判・評価…など、そのつぶやきは止まりません。

時にはその自分の頭の中のつぶやきに振り回されます。

 

先日初めて会った女性と話していた時でした。その人は友人にそっくりでした。彼女は一生懸命話してくれていたのに、私は頭の中で“〇〇くんにそっくりだなぁ・・。お母さんだったりして。今度聞いてみようかな。”などと自分の中のつぶやきで頭はいっぱい!全然話を聞いていませんでした。そして最後に「…なんですよねぇ〜」とニコニコっとされた時に、ハッと我に返り「そうですねぇ・・」と言いながら、“わぁ〜聞いてなかった!”と自分に驚きました。

また別の時には、人から言われた事に腹を立てて、そのことをず〜っと“自分は悪くない…あの人はいつもこういう風に言うんだ”などと自分を正当化する考えを引きずり、そのせいでイライラし、自分は悪くないという事ばかり頭の中で考え続けている…ということもありました。

 

自分に都合が悪い場面や何かに対して不満に思っている時など、その時に頭の中で繰り広げられるのは、独り言劇場です。

“まったく、誰も手伝ってくれないんだから…”

“私だけいつも大変なんだ…”

“こんなところにこんなもの置くからいけないのよ…”

もしかしたら、子どもや家族に対してだと、それが言葉として出てしまっていることもあるのではないでしょうか。

「あ〜ぁ、こんなにこぼして〜」

「これやっておいってって言ったのに〜」

「片付けてって言っても聞かないんだから〜まったく・・」

などなど・・

自分が言っていたり、親が言っていたのを聞いていたりと、このような言葉を耳にした事があるのではないでしょうか。

これは、駅で暑がっていた男性と同じです。

こうした文句は、掛けっぱなしのラジオのように限りなく頭の中を流れています。

 

「こんな風に思ってはいけない」とか「私はこうだから仕方がない」と、あたかも頭での思考が真実かのように思ってしまいますが、そのことに関して反省したり、あきらめたりすることは検討外れです。

“ただその思考が頭の中にあるだけだ”と自分で認識することが大切なのです。

頭の中で考えている事が、真実ではないかもしれません。

真実は“今”この瞬間に起きている事・物、それだけです。

 

頭の中は、一種のバーチャルな世界です。現実に思えるかもしれませんが、それは過去の体験から作り出した幻想なのです。

 

現実は“今”この瞬間、目の前に見えている事・物です。

 

 

人が持っている“悩み”は、だいたいこの頭の中の作り事です。

“悩み”や“葛藤”“動揺”は、成長のチャンスです。

それらを試行錯誤ながら実際に扱うことによって、そのプロセスが自分の成長に繋がるのです。

 

子どもへの“悩み”も尽きないと思います。

それは親が頭の中で持っている“悩み”で、実際に子どもの事ではないのです。

でも、時々その“悩み”が子どもに移ることがあります。

「おまえが悩みの種だ・・」と言い続けると、子どもは「自分は親の悩みの種なんだ」と、そのことがどんどん現実のこととして歩き始めてしまいます。

“子ども”が“親の悩み”を背負う必要はないのに、それを背負って歩くことになるのです。

 

頭の中の考えから抜け出す第一歩は、「抜け出す」と決めること。そして、頭の中での独り言に気づく事です。

思考はラジオと同じように、ただ流れているだけ…。

頭の中のひとり会話に気づかないと、その会話に操られた人生になってしまいます。

そうならない為にも、自分の頭の中の会話をキャッチし、

もう一人の自分がただその会話を眺めているようにする…。

それを“ダメだ”とも“良い”ともせずに

“第二の自分”として、“ただそれがあるなぁ”と客観的に観ることが大切です。

 

このように大人自身が取り組む姿を見て、感じて、子どもは育っていきます。

そして子どもが人生で躓いた時に、自分がどのように抜け出したか…という体験を分かち合うことが、子どもへの力づけとなるのです。



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