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高い視点

雨上がりの空は見ていて飽きないものです。空の高いところにもこもことした白い雲がふわ〜っと浮かび、その手前をグレーの小さな雨雲のかけらがプカプカと漂いながら通り過ぎていく…その背景は澄んだ青空。

子どもの頃を思い出し、あの雲は太ったかいじゅうだな。乗ったら気持ちいいだろうな・・と、雲と一緒にいる時間に平和と豊かさを感じる私です。

 

 

最近は、子育て中のお母さんがママ友との関係に振り回されるということが多いようです。テレビドラマでも題材になっているとか…。

例えば、子どもの幼稚園選びをする時も「ママ友がいる園に入れることにした」という話は良く聞きます。

少し前は、“公園デビュー”という言葉がよく聞かれ、公園でいじめに遭うお母さんもいて、それが怖いという話も聞いた事があります。

子育てそのものではなく、周囲の人との関係に悩んでいるということが起きているようです。

こうした人間関係での悩みは、子育てだけに限りません。家族間、職場、ご近所付き合い、趣味の習い事などでも、周りの人に振り回され疲れきってしまう…ということがあるでしょう。

 

先日、ブラジルのスラム街に住む子ども達が社会の腐敗を暴露するという映画を観ました。ハラハラドキドキするようなストーリーは、楽しめました。

でも私が心を奪われたのは、そこに出て来る劣悪な環境のスラム街での子ども達の生活でした。淡々とその強烈な貧困層の生活が描かれていて、その人たちの日常生活は捨てられたたくさんのゴミを漁り、そのゴミに埋もれて暮らしているのです。貧困層の中には家さえなく、下水道に住んでいてその他のゴミを漁る人たちからさえも嫌われ、排除されている、最下層とも言える様な暮らしをしている子ども達の姿も描かれていました。

今、この瞬間にも、日本の裏側ではこのような現状があるということに、衝撃とやり切れなさを感じました。

 

この映画から、1992年の国連リオ地球サミットで伝説のスピーチと言われている、セヴァン・スズキという当時12歳の女の子のスピーチを思い出しました。

 

2日前ここブラジルで、家のないストリートチルドレンと出会い、私たちはショックを受けました。ひとりの子どもが私たちにこう言いました。

 「ぼくが金持ちだったらなぁ。もしそうなら、家のない子すべてに、食べものと、着るものと、薬と、住む場所と、やさしさと愛情をあげるのに。」

 家もなにもないひとりの子どもが、わかちあうことを考えているというのに、すべてを持っている私たちがこんなに欲が深いのは、いったいどうしてなんでしょう。

 ・・・(中略)・・・

 もし戦争のために使われているお金をぜんぶ、貧しさと環境問題を解決するために使えばこの地球はすばらしい星になるでしょう。私はまだ子どもだけどそのことを知っています。』

 

これはそのスピーチの抜粋文です。

※全文はこちらへ→ 環境文化NGOナマケモノ倶楽部 -翻訳者グループより

このスピーチは20年以上も前のものです。今でもこのスピーチを生かせていない現状は、私たちひとりひとりのあり方がもたらした世界なのです。

 

感銘を受けるのは、このセヴァンさんのあり方です。12歳とは思えないほどの視点・意識の高さなのです。

 

私たちは日々とっても小さなことで悩み、自分の小さな小さなコミュニティにしがみつき、その中でいかに“うまくやるか”という事にエネルギーを注いでいます。

ブラジルの子ども達を思うと、大きな世界に目を向けていない、私たちの無関心なあり方に直面します。

 

今という時代は、色々なことがスピードを持ってどんどん変化していく時代です。

そして、どのように変化するか、変化の影響をどのように受けるか…は、私たち一人ひとりの選択があり、その結果を創り出していることに気づく時なのです。

私たちがこの世界でどう生きるか、何を選ぶか…が、この地球に影響を与えます。

今、その事を認識し始める必要があります。

小さな世界から出て、視野を広げ、大きな世界から生活してみましょう。

“ブラジルで蝶が羽ばたけば、テキサスで竜巻が起きる”バタフライエフェクトという量子力学の話があるように、私たち一人ひとりの存在が世界に影響しているのです。

地球規模に視点を上げれば、小さな人間関係の悩みも今とは違うように見えて来るかもしれません。何か今までとは違う選択するという自分を創ることもできるのです。こうした一人ひとりの明確で、小さな選択が地球全体に影響を与えます。

 

最近は『人の役に立つために生まれた』と言っている子どもが多いという話を聞いた事があります。

そして、私たちも昔は子どもでした。

地球を救うための役割を、一人ひとりが担っている事を思い出す時かもしれません。

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