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あり方から来るしつけ

子どもの頃から、台風が通り過ぎた後の空気が好きです。

空気中の汚れまで洗い流され、澄んだ爽やかな風。

それまで気にならなかったような、遠くで車が走る音や工事の音が鮮明に耳に入り、その合間にのどかに鳥のさえずりが聞こえて来る…。

自分の感覚まで、研ぎすまされたような気がします。

 

 

先日、友人と食事のマナーの話になりました。文化の違いで随分とそのマナー自体が違うということです。

韓国では、立て膝が正式な座り方で、食べる時はくちゃくちゃとわざと音を立てて“おいしい”ということを表現したり…と日本ではお行儀が悪いとされていることが、良いマナーなのです。

日本でも麺類を食べる時は、やはり音を立てた方が“おいしい”ですよね。音を立てないで食べてみた事がありますが、何だかあまりおいしく感じません。ズルズルズル〜っと麺と汁を一緒に口に含み、味が混ざり合うからこそ、おいしいなぁと感じるのです。

“舌鼓をうつ”という表現があるように、本当においしい時は、音が出てしまうのではないかと思います。

マナーはその時、その場所、その国によって変わるもので、絶対的なものではないのです。

世界はこれから、国によっての違いを認め合うようになっていくのだと思います。

 

 

「どのように子どもをしつけたらいいですか?」

「保育園ではしつけをどう考えていますか?」

・・という“しつけ”に関する質問を、多くの保護者から受けます。

 

では、その“しつけ”とは何でしょうか?

例えば、先に書いたように、食事のマナーをとってみると、様々な考え方があり、新しい“しつけ”に対する考え方が必要な時だと思います。

私たちはグローバルな社会で生きています。

海外生活がより身近になっている、今。

だからこそ、世界に通じる“しつけ”が大切となってきます。

 

 

今現在、世界の食糧問題では、およそ8億500万人が慢性的な飢餓で、約20億人が栄養不足に苦しんでいます。そして、28億人以上が肥満であり、ラジ・パテル氏の著書『肥満と飢餓』によると、その肥満も実は貧困による栄養の偏りから来るものだということです。

 

 

「食べ物を粗末にしない」という概念がある一方で、食が進まない子どもに、なんとか食べてもらおうと試行錯誤し、何でもいいから食べてほしいという思いもあるでしょう。

「食べたくても食べられない子がいるんだよ。」

と、食べ物を残す子どもに諭してはいるけれど、実際にそのことを普段から気に留めている人は少ないのではないでしょうか?

 

親のあり方が明確でなければ、その時々によってぶれてしまいます。

“しつけ”はやり方ではなく、その親のあり方が子どもにどう伝わるかということです。

 

子どもをしつける時に、必要なのは“やり方”ではなく、“あり方”なのです。

親自身が“自分は何を考え、何を大切にしているか”を認識していることが基本です。

“何を大切にしているだろう”

という問いかけを自分自身にしてみてください。

“人や動物に優しく”

“家族の健康”

“人からの評価”

 “お金”

 

“仕事”

“自然環境”

“命”

などなど…自分が大切に思っていることを一つでも見つけると、そこからの言動が自然と起きて来るのです。

それが、“あり方”です。

 

“自分一人が良ければ良い”…というあり方だと、子育てにもそのように現れます。

“地球環境を大切にする”…というあり方だと、そのことが子どもにも伝わります。

 

そのひとりひとりの“あり方”こそが、世界を変えます。

普段、無意識な言動をしている自分に気づき、意識的にどう生きるか。

そのことが、子どもに本当に伝えたい “あり方から来るしつけ”なのです。

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